雨宮塔子のパリ通信 #5「フランスでもマスクや消毒ジェルが売り切れに。新型コロナウイルスとパリジャン」
3月19日 17時00分
 新型コロナウイルス感染拡大を受けて、あのルーブル美術館が休館になった。年金制度改革案に反対する交通ゼネストがフランス史上最長になったついこの間までも、年間1000万人近くが訪れるこの美術館は動じることなく開館し続けていたというのに。

 従業員たちが労働法にある「危険作業放棄権」に当たると、開館の是非を議論した結果だそうだが、フランスも遂にここまできたかと正直うすら寒い気持ちになった。
 フランス人は本来、ウイルス対策にはユルいところがある。マスクは病人がするもの、という感覚なので、例えばメトロ(地下鉄)の車内で、マスクをしないで咳き込んでいる人は少なくないし、またすぐ隣で咳をかけられている人も、眉をしかめたりすることはない。新型コロナウイルス感染者が1126人に達した(3月8日時点)今も、マスクをした人こそまだ街中では見かけないものの、先日は日本に帰国していたので、フランス人から日本でマスクを買ってきてくれるよう頼まれた(日本でもご存知のように売り切れなので、もちろん希望は叶えられなかった)。くどいようだが、フランスではマスクは病人がするものなので、元から需要が少ない上に、ここ最近の買い走りでどの薬局でも品切れになっているのだ。
 それから消毒ジェル。在住日本人以外が消毒ジェルを使うのを初めて目にしたのも最近のことだ。レストランでまずサーブされる籠盛りのパンを、手洗いはおろかウェットティッシュすら使うことなく素手で口に運ぶ彼らが、なんとバッグからいそいそと消毒ジェルを取り出して回し合っていたのだ。
 衛生観念が強くなるのは歓迎すべきことだが、ついこの間まで衛生面にユルかった人たちが、何かに駆り立てられたように今の状況を危険視することの方が危険に感じる。

 先日、メトロに乗り、空席に腰かけた時、向かい側に座っていた50代くらいの女性の身体が硬直するのが見てとれた。彼女に目を向けないように行動を注視していると、次の駅で降りるかのように席を立ち、実際には降車しないで隣の車両に移っていった。恐らく中国人と見誤られたのだろうとついこの間までは思ったはずだ。中国人を悪く言うつもりはないが、フランス人の中国人に対する感覚が、去年までとは明らかに違っていると感じる時があったから。が、ここへきて、もはや彼らにとって日本人も中国人も同じなのだと思うに至った。ダイヤモンド・プリンセス号での政府の対応が後手に回ったという国内外からの批判がある中で、日本も中国も同じ“保菌国”だというイメージが定着したからだ。
 新型コロナウイルスに関連したアジア系住民に対する差別は、先日報じられたパリ郊外の日本食レストランに落書きがあったニュースでも取り上げられていたけれど、自身にも振りかかっているのだと実感した瞬間だった。

 そうした矢先、連帯保健省のオリヴィエ・ヴェラン大臣がこの3日にテレビの生放送に出演した。「フランスはこれまで先手の対応をしてきたが、パニックにならない、恐れない、そのためにはコロナウイルスについて知ること、理解することが何より大切である」と、2時間もの間メモを見ずに国民に説明したという(Design Stories編集部参照)。
 “先手”、“2時間”、“メモを見ず”・・・。日本政府とこれほどまでに対照的な振る舞いの見事さは言うまでもないけれど、なによりヴェラン大臣の、コロナウイルスについて知ってもらいたい、国民の疑問や不安に丁寧に答えたいという根本の姿勢が、自分の言い分だけに終始する日本国総理とは本質的に違うのだ。
 日本のこんな姿勢を知られたら、私たち在仏日本人はさらに肩身の狭い思いをするだろうと危惧していたけれど、ヴェラン大臣の試みで、フランス人のコロナウイルスへの危険視は良い方向に修正されていくかもしれないという希望も芽生えた放送だった。事実、これを書いている今、ルーブル美術館が営業を再開したという一報が入ってきた。恐れず冷静な対処に舵を切ったということだろうか。
 子供たちの通う学校では、2月の冬休みに中国の湖北省や香港、韓国、イラン、シンガポール、イタリアにヴァカンスに行っていた生徒たちの2週間の通学禁止令が、この3月から解かれた(症状のある子供を除いて)ばかりである。学校に戻った生徒たちがどうか温かく迎えられますように・・・。親が子供に語るべきことは、どう感染を防止するかだけではなく、正しい情報を見分けた上でどう温かく対応すべきかではないのか。隣りで咳をする人がいたら、眉をしかめるのではなく、また衛生に疎いわけでもなく、冷静に寛容に振る舞うことを教育する社会であってほしい。

【雨宮塔子 TOKO AMEMIYA(フリーキャスター・エッセイスト)】
93年成城大学文芸学部卒業後、株式会社東京放送(現TBSテレビ)に入社。「どうぶつ奇想天外!」「チューボーですよ!」の初代アシスタントを務めるほか、情報番組やラジオ番組などでも活躍。99年3月、6年間のアナウンサー生活を経てTBSを退社。単身、フランス・パリに渡り、フランス語、西洋美術史を学ぶ。16年7月~19年5月まで「NEWS23」(TBS)のキャスターを務める。同年9月拠点をパリに戻す。現在執筆活動の他、現地の情報などを発信している。趣味はアート鑑賞、映画鑑賞、散歩。2児の母。
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