【現場から、】台風19号災害

2019年10月22日【福島発】
生かされなかった水害経験と対策

福島県本宮市でも、阿武隈川やその支流が氾濫し、7人が命を落としました。

堤防を越えて住宅地を襲う濁流。今月13日の早朝に阿武隈川で撮影された映像です。

「もうあぜんとするだけですよ。だってもう何もできないですからね」(氾濫を目撃した小林正久さん)

町の中心部が濁流にのみ込まれた本宮市。7人が死亡、多くの人が逃げ遅れ、自宅に取り残されました。こちらの男性も1階が水没し、自宅で家族と半日以上、救助を待ちました。

「自衛隊のボートがここまで来てくれて、ここにつかまって足をかけて、お尻を押してもらって(ボートに)あがる感じ」(鈴木浩文さん)

台風の接近を知りながら、なぜ早めに避難しなかったのでしょうか。

阿武隈川は過去に何度も洪水を起こし、21年前の「8.27水害」では県内で11人が亡くなりました。これをきっかけに、およそ800億円をかけた「平成の大改修」が行われ、堤防の強化や排水ポンプの設置などが進められました。

「(対策への)安心感があって、多少、水が出てきても排水ポンプを動かせば水がスーッとひけていく」(加藤誠さん)

「堤防を直していたので、ここは大丈夫だと思った」(鈴木浩文さん)

住民たちには「想定された水害」への対策で安心感が広がっていたのです。避難の足が鈍った理由は、他にもあります。当時の雨の強さです。

「雨量なんかはそんなに降ってないんです」(松山仁さん)

これは今月12日の正午から13日の午前6時にかけて本宮市付近で観測された1時間ごとの降水量のグラフです。雨は12日の午後9時にピークを迎え、その後は弱まっていきます。一方で阿武隈川の水位はその後も右肩上がりの上昇を続けています。そして、雨のピークからおよそ5時間後、13日の深夜1時に氾濫が発生。本宮市で雨が降っていなくても、上流で降った雨水が時間差で本宮の町を襲ったのです。

経験を上回る災害に見舞われた本宮市。自宅から避難せず、犠牲になった鈴木幸子さんの遺族は、後悔を口にします。

「私がもうちょっと避難してとか、せめて2階にあがってとか(言えばよかった)。やっぱり私も母と同じで甘く見ていた。水害について」(亡くなった鈴木幸子さんの娘・鈴木敦子さん)

過去の経験をもとに広がっていた安心感。住民を襲ったのは、またも「想定を超える雨」だったのです。

- 取材後記 -
「生かされなかった水害経験と対策」
毎日放送 坪田将明 記者

「私も母も水害を甘く見ていました」

台風19号が福島県本宮市を襲った10月12日から5日後、大阪から取材に入った私に78歳の母を亡くした女性が胸の裡を打ち明けてくれました。「甘く見ていた」というのはどういうことなのか。この一言から取材は始まりました。

地元住民の証言をもとに記録を調べると本宮市は過去幾度となく水害に見舞われており、近年では1986年「8.5水害」や1998年「8.27水害」で多数の死者を出ていました。そのため、どなたも「水害の恐ろしさは分かっていた」と話しますし、以前の水害を教訓に自宅のかさ上げを行っている家庭も多く見られました。さらに「8.27水害」をキッカケに行われた「平成の大改修」で堤防強化や排水ポンプの設置も進んでいました。勿論、過去の経験をもとに対策が進むのは良いことですが、一方で、対策によって「安心感が生まれていた」という声も多く聞かれました。

そして10月12日、そうした「想定内」の対策をこえて、阿武隈川の氾濫と安達太良川の堤防決壊により「想定外」の早さで街は濁流に飲み込まれ、逃げ遅れた7人が亡くなりました。

災害は常に想定を上回ってくると考え、身を守る行動をとることの大切さを改めて痛感させられました。