NEWSの深層

TBS NEWS

2020年5月5日

同時検証「コロナ禍」の日々(15)「アベノマスク」の誕生

[ TBS政治担当解説委員 石塚博久 ]

 この日の出来事が、今日にいたるまで、いや、もしかしたらさらに先にまで、こんなに問題になるとはあの会議室にいた誰もが思いもよらなかったと思う。このころになるとさすがに大臣ら出席者の全てがマスクをしているのだが、安倍総理が妙に小さな「布マスク」をしている意味に、カメラマンや記者らは何も気づく由もない。夕方6時過ぎに総理官邸で始まった第25回新型コロナ感染症対策本部で、向かって右どなりに座る菅官房長官が「総理、発言願います」と声を張り上げると、妙にハイテンションに安倍総理は語りだすのだ。

 あいさつは「総論」で始まるのだ。「まず、国内の感染状況ですが、地域感染者数は、都市部を中心に急増しており、爆発的感染拡大、いわゆるオーバーシュートが見られている諸外国に比べ、感染者数の拡大スピードは緩慢であるものの、すでに、医療提供体制が逼迫しつつある地域もあるとのことであります」と力を込め、顔を上げて正面をみると、盛んにカメラのフラッシュが光った。

 そして、「市民の行動変容をより一層強めていただく必要性が指摘されており、国民の皆様におかれては、バー、ナイトクラブ、カラオケ、ライブハウス等、夜間の繁華街への出入りを控えること、との指摘がなされたことを踏まえ、引き続きいわゆる三つの密を避ける行動の徹底など、感染拡大防止に向けたご協力を改めてお願いしたいと思います」と、改めて顔をあげ、盛んにフラッシュを浴びた。その様子は、妙にハイテンションなのだ。

 「妙なハイテンション」の理由は、この後に知ることになり「のけぞる」のだ。

 安倍総理は小さな布マスクの端をちょっと触り、長々と語りだした。「マスクについては、政府として生産設備への投資を支援するなど、取り組みを進めてきた結果、電機メーカーのシャープがマスク生産を開始するなど、先月は通常の需要を上回る6億枚を超える供給を行ったところです。さらなる増産を支援し、つき7億枚を超える供給を確保する見込みです」と、胸を張って見せた。「他方、新型コロナウイルス感染症に伴う急激な需要の増加によって、依然として店頭では品薄の状態が続いており、国民の皆様には大変ご不便をお掛けしております。全国の医療機関に対しては、先月中に1500万枚のサージカルマスクを配布いたしました。さらに、来週には追加で1500万枚を配布する予定です。加えて、高齢者施設、障害者施設、全国の小学校、中学校向けには、布マスクを確保し順次必要な枚数を配布してまいります」と語るのだ。それでも、ここまではわかる。そして…。

 「本日は私もつけておりますが…」と一旦顔を上げ、「この布マスクは使い捨てではなく、洗剤を使って洗うことで、再利用可能であることから、急激に拡大しているマスク需要に対応する上、極めて有効であると考えております。そして来月にかけて、さらに1億枚を確保する目途が立ったことから、来週決定する緊急経済対策に、この布マスクの買い上げを盛り込むこととし、全国で5000万余りの世帯全てを対象に、日本郵政の全住所配布のシステムを活用し、1住所あたり2枚ずつ配布することといたします」と「表明」したのだ。

 そして、「補正予算成立前にあっても予備費の活用などにより再来週以降、感染者数が多い都道府県から順次配布を開始する予定です。世帯においては必ずしも十分な量ではなく、また、洗濯などの不便をおかけしますが、店頭でのマスク品薄が続く現状を踏まえ、国民の皆様の不安解消に少しでも資するよう、速やかに取り組んでまいりたいと考えております」と続けた。この段階での費用の見積もりは466億円だった。

 新聞では「『腹案』布マスク 集中砲火」「官僚提案『国民の不安パッと消える』」との見出しで報じられることになった。「実はこの構想は1カ月以上前から首相官邸内で浮上していた。『全国民に布マスクを配れば、不安はパッと消えますから』。首相にそう発案したのは、経済官庁出身の官邸官僚だった」(朝日新聞4月3日朝刊)という。この、マスク話はSNSで一気に拡散し、「アベノマスク」と名前が付いた。4月18、19両日の世論調査では「評価しない」が68%で、「評価する」の26%を大きく上回った。経済対策がまとまる前に、最初に具体的に出てきたものが「小さな布マスク2枚」だったことは、政府のドタバタぶりを強く印象付けることになったのだ。そして、この妊婦向けマスクに不良品が見つかったということで、配布を停止、未配布分を回収などと大混乱。今日まで、「情報番組」やら「週刊誌」やらを連日、賑わすことになってしまったのだ。

 そして、「パッと消える」どころでなくて、今、私の「不安」は増すばかりなのだ。

石塚博久

石塚博久(TBS政治担当解説委員)

1986年、日本経済新聞社入社。大阪本社証券部、名古屋支社(愛知県警、名古屋市役所担当)を経て、90年から東京本社政治部。官邸クラブ(海部政権)、野党クラブ(社会党土井委員長、田辺委員長)、平河クラブ(自民党竹下派担当、92年竹下派分裂など)等を担当。
1996年TBS入社。政治部で新進党クラブ、平河クラブ(自民党橋本派担当)、外務省(田中真紀子外務大臣)等を担当。その後「筑紫哲也NEWS23」ディレクター、デスクを経て、「時事放談」を制作プロデューサーとして立ち上げ。現在、TBS報道局政治担当解説委員。
著作:「官僚」(共著)新聞協会賞受賞