NEWSの深層

TBS NEWS

2019年12月16日

中曽根康弘元首相のこと(8) ~「時事放談」の思い出

[ TBS政治担当解説委員 石塚博久 ]

 時事放談の収録の前はスタジオ近くの控室で打ち合わせする。その日の収録の内容を骨子をもとに話をするのだが、そんな時、中曽根氏と渡辺氏はなんとも中睦まじく、一緒にいることを心から喜んでいる様子だった。ひときわ際立つのは渡辺氏の中曽根氏への「尊敬の様子」なのだ。一瞬たりとも、気を抜くことなく中曽根氏への尊敬を語り続ける。近いころ一緒にゴルフをした時のことも「こないだゴルフをしたら、私が81歳そして89歳の中曽根さんに14で負けたんだよ」となんとも嬉しそうに語った。

 それだけに、中曽根氏と一緒のスタジオでは、渡辺氏は実に縦横無尽に語るのだ。この日の収録は、衆議院で過半数を占めながら、参議院では過半数を割る「ねじれ現象」に悩む当時の自公政権の福田総理が、野党第一党の民主党の小沢代表との会談に臨む、真っただ中で行われた。先立つ月曜日に第一弾の「福田・小沢会談」が行われ、収録の金曜日にも第二弾の「福田・小沢会談」の一回目の中断のあと、2回目が始まる間にあわただしく行われたのだ。

 御厨氏が「立て続けに福田、小沢の党首会談が行われたということですけど、仕掛け人は渡邉さんではないかと言われていますけが、どうなんでしょう」と水を向けると、渡辺氏は「知りませんね」といたずらっぽく笑ってみせた。そして「僕がやったことは8月16日の読売新聞の社説にちょっと大型社説にして『大連立政権を目指せ』と『それ以外に国民の利益を維持する方法はないよ』と非常に強く書いた。それで賛否両論で、政治家の実力者の中で『その通りだ』と言う人も随分いましたよ。だけど、『もう一選挙やった後じゃなきゃ連立は出来ない』と言う人もいましたね。だけど『もう一選挙』と言うけどね、1年も2年も待っていたら、どうなるんですか。この間も、1ヶ月掛けて法律が一本も通らない。こういう状況はね。下手したら6年ないし、9年続くんですよ。日本は完全に潰れますねっ」と語気を強めた。

 政治の話になると、渡辺氏は止まらない。「アメリカでもクリントン政権の時に上下両院で逆転現象がありましたね。両方とも野党の共和党とって、そのクリントン政権は国会が可決した法律を全部拒否権を出して潰して、シャットアウトしたんだけども、要するに行政、立法の機能麻痺状態が起きて、政府が公務員に給料すら払えなくなった。要するに国家の機能が失ったんですよ。あれだけでかい国で最大に軍事力を持っている国だから、なんとか耐えた、1年か2年は。だけど、日本のような国がね、6年とか9年間ね、立法麻痺状態でね、耐えていけるか。戦時中だったら、そういうことやるから政治が戦時中の青年将校が軍事クーデターやろうとしたんですよね。今、軍事クーデターが起こる心配は全くないから、政治家のんびりして、サボタージュ続けてるのが現状でしょ。良くないっ」と熱く語った。

 これに、中曽根氏は「それは今の日本の状態を見るとね、雨が降りそうな曇り空で、明日は雨になるか、雷が鳴るか分からん。暗雲低迷の中に国民の皆さんおられるわけですよ。したがって、『日本はこうなるんだ』ということを福田さんも小沢さんも共同責任で話し合って「安心しなさい」とそういうことをやる責任が2人ともあるんですよ。両方とも党を背負ってるから苦しいけれども、こういう時には本当に政治家の本領発揮する時ですよ。そういう面を見るとね。小沢さんがこの際、思い切って小沢本質を出してね「国家的本意、国のためにやらざる」を得んと。そういう態度でね、例えば大連立に踏み切る。あるいは今すぐにやらないにしても、『いずれいつ頃にはそういう方向に持って行こうではないか」と、「それまで相談しよう』とそういうような国の方向づけを、この際、2人でやらないとね、責任は果たされませんね」と、我が意を得たりと応じるのだ。

石塚博久

石塚博久(TBS政治担当解説委員)

1986年、日本経済新聞社入社。大阪本社証券部、名古屋支社(愛知県警、名古屋市役所担当)を経て、90年から東京本社政治部。官邸クラブ(海部政権)、野党クラブ(社会党土井委員長、田辺委員長)、平河クラブ(自民党竹下派担当、92年竹下派分裂など)等を担当。
1996年TBS入社。政治部で新進党クラブ、平河クラブ(自民党橋本派担当)、外務省(田中真紀子外務大臣)等を担当。その後「筑紫哲也NEWS23」ディレクター、デスクを経て、「時事放談」を制作プロデューサーとして立ち上げ。現在、TBS報道局政治担当解説委員。
著作:「官僚」(共著)新聞協会賞受賞