NEWSの深層

TBS NEWS

2019年8月14日

その手は無意識のうちに…

[ 報道局編集部 水口康成 ]

 ニジェール南部ザンデール州の病院を訪ねた。中央病院のような位置づけだろうか、敷地も広く建物も大きい。入り口の前には広場がありそこにはモスクも建てられている。

 この病院の右手には新生児病棟のような病室がある。病棟の入り口にはホワイトボードがあり、受け入れている赤ちゃんのステータス別に人数が書き込まれている。入り口を入ると、赤ちゃん用の身体測定器具が設置されている。そこを抜けると病室になる。病室と言っても大きな広間のようなところで、一角は出産直後に運び込まれた赤ちゃん、その一角の横には出産後6か月以降で運び込まれた赤ちゃん、そのほかにも病状によってグループ化されベッドが並べられている。いずれも母親が付き添っていて、苦しそうに呼吸する我が子に寄り添っている。

 取材では、子供の写真も含め受けてくれると許可してくれた母親に話を聞いた。だが、話を聞くよりも、子供の姿から目が離せなかった。大丈夫か。この子は酸素吸入を受けていて、薄い緑色のチューブが体の横からベッド脇まで伸びている。左手には点滴用の弁がテープで固定されている。食事は無理なのだろう。

 背中を見れば、まるで骨が見えるというよりは、肩甲骨が皮膚を突き破るのではないかと、心配したくなるほどやせている。膝が大きく張り出し、足の筋肉は見るからに細い。目は開けない。意識混濁の中、母親の存在だけはわかっているのだろう。しかし、苦しい、痛い、違和感、何かを感じるのか、この子は右手で左手に付けられた点滴用の弁をつかもうとする。取り外したいのだろう。だが、弁を見ることもなくつかむ力もなく、ただ指が弁に引っかかるだけだった。それでも、見ている我々は冷や汗が吹き出る。言葉が通じないから、日本語で思わず「ちょっとちょっと」とか「取ろうとしている取ろうとしている」「手が!」と叫ぶことしかできない。見かねたユニセフのスタッフが、この子の手を取り、あやし始めた。

 力なくスタッフの手のひらに手のひらを重ね、動きを落ち着かせた。この子にはどんな感触が伝わっているのだろう。スタッフは指でこの子の手の甲を触れ始めた。何かが通じるのだろう、横になって落ち着いてきた。そこにいた皆が、一安心しながらも、ずらりと並ぶ母子の姿に、簡単な状況ではないと再認識した。

 病室にいた医師に話を聞いた。「貧困で母胎の栄養が足りていない。子供も何でも口に入れるから下痢をしてやせていく。水だって飲める水ばかりではない。このまま人口が増え続ければこうした患者も同じように増えると思って不思議ではない」ニジェールだからという理由だけではないが、人口爆発による貧困は母子にも暗い影を落とし、地元政府も、状況を好転させる糸口は見えていないのが実情だ。

 話を聞いているうちに、他の取材班とはぐれ、一人になってしまった。病棟を出て表の広場にむかった。ちょうど日没直後、空気が赤くなったのか、モスクの白い壁も赤く色づいている。まだ暑いが風も吹き始めた。すると、女性が大勢で出てきた。大声で楽しそうに話をしている。一列に並んで話しているところで、カメラを指さし「OK?」と声を掛けたらうなずいてくれた。笑顔で前に飛び出してくる女の子も居る。一枚、17ミリの広角レンズで、そしてズームしてもう一枚、35ミリにして歩いて近づいた。するとファインダーに見えたのは、子供をだっこした二人の母親だった。二人とも笑顔だ。子供は母親に抱かれ怖いものはないのだろう、私に「何者?」とでも言いたそうな表情でこっちを見ている。黒い肌は日没の赤い空気を受けて、赤みを帯びてきた。視線を外さずにほほえみかける姿を見て、はっと思った。「たとえばだが、母親が子供を抱いているという、ごく普通の光景が普通に見えるのは大変なことだったのではないか」。普通のことが普通に見える世の中が特別に幸せな時間に感じた。うまく表現できないが、なんとも優しい瞬間だった。

 モスクからアザーンが響き始めた。男性はモスクの中へ、女性は病院の渡り廊下や入り口のコンクリートの上へ集まりメッカに向かって祈り始めた。祈る人たちと同じく、空気を赤く染めていた夕陽を背にすると、そこまで夜がやってきている。私も無意識のうちに手を合わせた。

水口康成

水口康成(報道局編集部)

外信部、NEWS23、サンデーモーニングなど担当。
元従軍記者で、著書は「旧ユーゴ内戦の記録'91-'96」や「ボスニア戦記」など、このほか通信社や新聞社などに寄稿。
趣味:テラリウム
好きな食べ物:カイマックと蜂蜜を塗ったパン