NEWSの深層

TBS NEWS

2019年6月29日

「令和おじさん」の出現でポスト安倍レースの行方は?

[ TBS政治部記者 室井祐作 ]

■知名度急上昇の菅官房長官

 6月のJNNの世論調査で久々に「次の自民党総裁について」を聞いたところ、最も多かったのは「小泉進次郎」31%、続いて「安倍晋三」21%、「石破茂」18%、「菅義偉」6%、「岸田文雄」4%だった。

 新しい元号となった5月に同じ質問をしていれば、もっと数字は違っていたかもしれないが、やはり目を引くのは「令和おじさん」こと、菅官房長官である。「令和効果」で知名度急上昇となった。

 さらに改元直後の訪米は事実上の「外交デビュー」となり、存在感を高める一因となった。危機管理上、要職の官房長官が海外へ外遊することもまれで、さらに政府は局長級幹部含め40人規模の職員を同行させるなど「総理外遊並み」の扱いだったという。拉致問題や対北朝鮮政策などにむけた連携を確認する、という内容こそ平凡だったといえ、ポンペオ国務長官やペンス副大統領など、トランプ政権のトップ級との会談など、厚遇ぶりが注目された。アメリカ側が菅氏を「ポスト安倍」と認識している証左でもある。

 自民党の二階幹事長も菅氏を「ポスト安倍」の1人だと月刊誌で明言したことも波紋を呼んだ。ただ、菅氏本人はこうした呼び声も「全く考えていない」と述べるに留めている。

 いま自民党内には菅氏を支持するグループがいくつか存在する。5月末には新たに当選回数5回前後の「入閣待機組」らによる勉強会「令和の会」もたちあがり、6月末に初会合をもった。こうした菅氏を支える無派閥議員のグループをすべてあわせると40人規模になる。いくら本人が「ポスト安倍」に意欲を示さなくても、今後周りに担ぎ上げられる可能性は十分に考えられる。

■菅官房長官を意識した石破元幹事長の講演

 そんな菅官房長官を意識しているのが石破茂・元幹事長だ。自身が派閥の会長を務める石破派(水月会)の政治資金パーティで石破氏は、得意分野である「外交と安保」をテーマとする講演を行った。会長自身が講師を務めるパーティは今回、自民党の全派閥で石破派だけだった。今回「外交と安保」をテーマにした理由について、石破派の幹部は「安倍さんの継承者といわれる菅さんには語れないテーマに設定した」と明確に菅官房長官を意識したことを明かした。やはり急速に知名度を上げた菅氏に同派幹部は危機感をもっていたということである。

 ただ、皮肉なことに、すべての派閥のパーティに出席した安倍総理が、唯一石破派だけは参加せず、そのことがニュースとして取り上げられ、石破氏の講演の中身に触れたニュースはほぼなかった。

 講演では、米中韓を初めとする外交問題、北朝鮮・拉致問題、北方領土問題まで実に多岐にわたった。とくに日米地位協定の見直しの必要性など、政府方針とは異なる踏み込む内容もみられた。

 講演で石破氏は、次期総裁選についてこのように語った。

 「我々がみることがない日本はどうあるべきか、なにをすべきか研鑽するのも政策集団の役割。水月会は定期的に講師をよび侃侃諤諤(かんかんがくがく)やっている。それが政策集団の役割。そして政策集団は、その中から誰かをいつの日か自民党総裁にしよう。そのことで自分たちが練磨した政策というものを実現しようと、そういう集団であるべきだと私は思っております」(5月13日 石破派パーティにて)

 少々回りくどい彼らしい言い回しだが、これが彼なりの次期自民党総裁への意欲の表れなのである。

 石破氏にとって「ポスト安倍」にむけた課題ははっきりしている。石破派は2015年9月の派閥結成以来、所属会員が一向に増えていない。(むしろ減っている)石破氏は「政策が一致する人だけくればいい」と高をくくっているが、結局彼を総裁選で支援する母数がなければ、総裁選には勝てない。いま、石破氏にこの派閥所属議員を増やそうという気はさらさら感じられない。

 例えば、石破氏は、他の派閥のパーティには前回の総裁選で応援してくれた竹下派(平成研究会)と谷垣グループ(有隣会)以外には足を運ばなかった。他の派閥の会長はしっかりと他の派閥のパーティにも出席しているのに、だ。そのあたりのしたたかさは彼にはない。結局のところ、総裁選後の自民党内での彼の評価は、「泡を食って孤立している」という印象だ。しかし地方での人気や知名度が高いだけに、永田町での支持者集めに興味を示さないのは、もったいない。

 最近では、国民民主党を中心とする野党議員から石破氏をリーダーに担ぎ上げようという声もあがる。石破氏が一度自民党を離党した経験を持つことや、党内で公然と異論を発する議員という印象をもたれていることが、野党側が彼に期待する理由だ。ただ、私は石破氏を近くで見ていて、「自分は憲法改正をするために自民党にいるんだ」と公言するほど、自民党に執着していて、野党の期待には答えることはほぼない、と見ている。

 彼の「ポスト安倍」への意欲は、前回の総裁選に出馬する前から消えることはなく、その独特の言い回しは昔から変わっていない。

 「できることなら総理なんてやりたくないんですよね」

■あと一歩が踏み込めない岸田政調会長

 記者から一斉にため息が漏れた。

 岸田派(宏池会)でのパーティでの一幕である。担当記者の間では今日どこまで岸田会長が次の総裁選にむけて意欲を示せるのかということに注目していたところだった。ところが、岸田氏はこの日も踏み込むことはなかった。

 「新しい時代、令和の時代、技術的にも、時代的にも、いよいよ宏池会が今日まで大事にしてきた精神、これをしっかりと生かしていく時代がやってくるのではないかという予感も持っている。ぜひ新しい時代、宏池会がしっかりと時代を先導できるように、しっかりと政治をリードできるように努力をしていかなければならないと思う。私も宏池会の会長として、その先頭にたって、全身全霊、努力をしていきたいと思う」(5月15日 岸田派パーティにて)

 強いて言えば、「滲ませる」程度か。

 実はこの岸田氏の挨拶には、側近議員が挨拶の予定稿を作っていた。その内容は、「令和の時代は宏池会の時代であり、その新しい時代を担う政治家の一人として、来るべき勝負のときに備え、全身全霊を挙げて努力をしていく」という中身だった。

 ところが、岸田氏はこの部分をみずから削ぎ落として、上記のような挨拶にしてしまったため、側近の議員たちは「もっと踏み込んで欲しかった」と失望を隠しきれなかった。長らく、「ポスト安倍」と言われながら、発信力やリーダーシップなどが課題とされてきた。国会議事堂内で発売されている「令和せんべい」には、菅氏、石破氏、小泉進次郎氏が描かれているのに、岸田氏だけがいないことも話題になった。

 こうした岸田氏の言動を見かねたか、岸田派内で依然として影響力をもつ古賀誠名誉会長はBS-TBS「報道1930」の中で、「2世、3世議員ではなく、菅さんのような、土の匂いや積極果敢な腹の据わった人の方が『ポスト安倍』にはよいのかな」と発言し、その後火消しに走った。

 岸田氏は、保守分裂になった4月の福岡県知事選挙に、党推薦の新人候補の応援に入るよう麻生副総理から要請があったが、現職を推す古賀氏から難色を示され、最終的には見送った。総理の側近議員は、次期総裁選挙を見据え、麻生派からの支持を得たい岸田氏からすれば、ここは麻生氏に恩を売るところだったと解説する。

 その後、岸田氏は5月の福岡県連大会には入るものの、そこに麻生氏の姿はなかった。

 一方で、岸田氏は前回の総裁選挙で一部の議員が石破氏を支持した谷垣グループ(有隣会)との合流を視野に、会食をするなど、水面下での支持集めにも余念がない。

 しかし岸田氏は参院選にむけこの後試練が続く。

 全国に32ある定数1の「1人区」のうち秋田・山形・山梨・滋賀・山口・福岡・熊本・長崎の8県で岸田派所属議員が改選をむかえる。さらに自民党はこのうちの4県を「激戦区」に指定している。

 また、「2人区」でも岸田氏の地元広島では、全国で唯一自民党が2人目を擁立した場所でもあり、その内1人は岸田派所属の溝手顕正参院議員、もう1人が安倍総理側近の河井克行・総裁外交特別補佐の妻、案里氏だ。今回、河井案里氏の擁立には、安倍総理や菅氏の意向を受けていて、さながら広島選挙区はポスト安倍である「菅VS岸田」の代理戦争の様相を呈している。

 自らの派閥議員の議席をどのくらい死守するかによって、今後の岸田氏の求心力に直結する問題だけに、この夏の参議院選挙は彼にとって正念場である。

■将来を見据える小泉進次郎氏

 初めて聞く彼の英語は、日本語と同じ語り口で実に堂々としたものだった。

 “In his acceptance speech at the Democratic National Convention in 1960, John F. Keneddy, whom I greatly respect, Explained his vision by using the term "New Frontier".

 Just like President Keneddy, I am also determined to do everything I can to inspire the Japanese people to undertake all reforms necessary for our survival.”

 「1960年の民主党全国大会での指名受諾演説の中で、私が尊敬するジョン・F・ケネディは、『ニューフロンティア』という言葉を使い政権構想を打ち出しました(中略)ケネディ大統領のように私は日本国民の力を引き出し日本の未来に必要な全ての改革を実行し、そのために全力を尽くす覚悟です」(5月3日 アメリカ・ワシントン)

 令和元年初日に福田達夫議員、大野敬太郎議員、村井英樹議員とワシントンを訪問した小泉進次郎氏はシンクタンクCSIS(米戦略国際問題研究所)でこのようなスピーチをおこなった。もともとこのCSISは彼が国会議員になる前に研究員として働いていた場所で、小泉氏はこの場を”my old home”といった。

 スピーチ全般のキーワードは「変革(change)」である。小泉氏は、今後の日本にとって「国際社会に対する関与」と「変革」が重要だと指摘し、自身が尊敬するというケネディ元大統領の名前をあげながら次の世代の日本の政治を担う決意を示した。

 私は、初めて彼が未来の日本のリーダーとして、その意欲を垣間見た瞬間だった。

 ただ後日都内で行った講演で「仮に総理になった場合の国家ビジョンは」という質問が飛び、彼はこう語った。

 「私が興味あるのは変革改革。現状維持に興味がない。だけど、今の日本を見ていると、大きな希望も危機感もない。何とかこのまま行きたいという人が本当に多い。そういう時に、大胆に変えることに血道をあげて、スピードも上げて変えたい。そういったことを訴えている男に出番はないんじゃないですか?

 それを、私がそういった中でも、この国に必要なのは間違いなく変革、しかもスピード感をもった変革。それは、あらゆる領域と思ってる。それをこれからも訴えていく。それを、そんなに変えたくないという状況であれば、出番はないでしょう。だから、その時の国民の皆さんの機運がどのようなものかによるんじゃないですかね」(5月23日 都内の講演にて)

 いまの日本の安定志向の風潮を皮肉るかのように、「自分には出番がないのではないか」と質問を交わす小泉氏だが、一方で、社会保障改革については「自分の3年前からの主張に時代が追い付いてきた」と胸をはる。

 党の厚労部会長も務める小泉氏は、金融庁が老後資金に2000万円必要などとした報告書をまとめたことが明るみになる前から、社会保障改革の必要性を訴え「100年型年金」にするために生産年齢人口の見直しを主張してきた。国会改革も主導するなど小泉氏の一連の「変革」を訴え、行動する姿は、将来のリーダーとして徐々に才覚を発揮し始めている。

 知名度の高さから常に「次の総裁候補」として上位にランクするものの、本人は「まだ雑巾がけの身分」として一向に意に介さない。

 過去2回の総裁選には石破氏に票を投じ、安倍政権に対する批判的な彼の自由闊達な発言の数々に党幹部たちは気をもんできた。18年7月の参議院の定数を6増やす法改正の際は、「モリカケ問題に結論を出せない自民党が選挙制度の改正だけ早急に結論を出すのは国民をなめている」と公然と批判したり(※しかしその後、賛成票を投じる)、今年6月、北方領土でのビザなし交流で酒に酔って暴言と卑猥な言動をとった丸山穂高衆院議員に対する「糾弾決議」の採決の際は、「議員の出処進退は議員が判断すべきこと」として造反し、棄権した。

 彼の一挙手一投足がメディアに注目されるため、党幹部は人事面などで常に彼の気を遣ってきた。2017年、二階幹事長が小泉氏に党の筆頭副幹事長を打診したときは、「私よりも先輩がたくさんいる」と一度は固辞。二階幹事長が再三要請したところ、「筆頭副幹事長を2人体制にしていただければ受ける」と返答し、二階氏は易々とそれを受け入れた。その後の人事でも「厚労部会長をやりたい」といえば、その希望をかなえるため党幹部は調整に動く。

 こうして永田町で一目置かれる政界のプリンスも現在4期目。安倍総理が当時、わずか当選3回で党の要職も閣僚も経験せず、幹事長に抜擢されたことを考えると、この先彼にどんな抜擢人事があっても異例ではない。

 「まだまだ雑巾がけ」と言ってきた小泉氏も、そろそろ、その真価が問われることとなる。

室井祐作

室井祐作(TBS政治部記者)

政治部・与党キャップ。2004年入社。映像取材部、外信部、バンコク特派員を経て政治部へ。これまで官邸クラブ、自民党クラブ、野党キャップを担当。特派員時代はアジアを中心に27か国を取材。