NEWSの深層

TBS NEWS

2019年5月23日

「あの朝のこと」 ~新たな「時代」と「ポスト安倍」の誕生の裏側(2)

[ TBS政治担当解説委員 石塚博久 ]

 その朝、そして、官邸の広いエントランスに入ると、なんとも無数の記者やテレビカメラマンやスチールカメラマンでごった返していた。そこに、職員が「08分、会議終了」と叫び、緊張がはしった。今日(4月1日)は新しい元号が決まるのだ。ちょうど、最初の日程の「有識者懇談会」が終わったところだった。

 前では、社長が民放連会長として「有識者懇談会」に入っている日本テレビの記者が、「下から社長って声かけて聞けっ」などと「無理筋」の打ち合わせをするなど、いち早く新しい元号を知ろうと騒然とした。しかし、しばらくたっても作家の林真理子氏やその民放連会長らメンバーはエントランスに姿を現せなかった。「そりゃ、官房長官の発表前に部屋から外にだすわけないわなあ」と思ったりした。

 そして、人込みの中、一本棒のようなものが立っていた。よく見ると、先に白い小さなカメラがついているのだ。そして、それを持つカメラマンは腕時計を見つめていて、どうやら映像がそこに移っているようだった。人込みの中でも上から撮影できるすぐれもので、「いろんなもんがあるんだなあ」と感心した。

 そんなところへ、岩屋防衛大臣を最初に大臣がぞくぞくとエントランスを横切ってエレベーターや階段で2階の閣議室での「元号決定の閣議」に向かった。

 そして、広報の職員が「閣議頭撮り、まずカメラっ」と大声で叫び、カメラマンがぞろぞろと階段を上っていった。その後「ペンっ」と叫び、記者がぞろぞろ行くので、その後ろについていった。

 そして、閣議前の頭撮りとなるわけだ。緊張の面持ちで総理が正面に入り、頭撮りで待っていた総理番が携帯にむかって「総理入りました」などと連絡を始めたのだが、「あれ、電話つながんない」「つながんないなあ」などと声が上がった。官邸の「情報管理」は携帯がつながらないようにする徹底ぶりだったのだ。

 ならばと、新元号を発表する会見室に向かうことにした。上から見るとさっきいまでいたエントランスホールにはなんともたくさんの記者やカメラマンが見えた。

 国会トークフロントラインで片山元総務大臣は「令和にすべき5つのこと」をランキングして語った。4位は「財政・金融の正常化」だった。

 「将来の財政がとっても不安なんですね。やっぱり財政っていうのはもう国を運営する礎ですから。例えば教育とか研究開発にしてもですね、それから国を守る防衛にしてもですね、それから道路をつくったりする公共事業をやったりすることも全部、財政があって初めてできることですよね。で、その財政が今のような状態で、税収が下にあって、歳出が上に上がってワニの口のようになっている。

 これが閉じなきゃいけないんですけど、もう開いたまんまでどんどんどんどん進行してると、もういずれにっちもさっちもいかなくなってしまいます。そうなると、いろんな大事なことができなくなってしまいますので、早くそのワニの口を閉じるっていうことをやんなきゃいけないんです」

 しかし、どうも見てまして、失礼ですけど、今の政権にも、それから与党にも、それから実は野党にも、このワニの口を閉じなきゃいけないっていう真剣な態度が見えないんですよね。かつてはですね、財務省の官僚の人たちを中心にやっぱり財政の健全化ってことを一生懸命言ってて、それに呼応する政治家の人たちもいたんですけど、最近、鳴りを潜めていて、なんかこう、財政再建のことがもう脇に追いやられてしまっている。今、その、3分の1ぐらいを借金で、赤字国債で賄っているのがもう普通の状態なんだと。大したことないんだみたいな、そういうのんびりした雰囲気があるのがとっても、不安といいますか、危険なことのように思います」。

石塚博久

石塚博久(TBS政治担当解説委員)

1986年、日本経済新聞社入社。大阪本社証券部、名古屋支社(愛知県警、名古屋市役所担当)を経て、90年から東京本社政治部。官邸クラブ(海部政権)、野党クラブ(社会党土井委員長、田辺委員長)、平河クラブ(自民党竹下派担当、92年竹下派分裂など)等を担当。
1996年TBS入社。政治部で新進党クラブ、平河クラブ(自民党橋本派担当)、外務省(田中真紀子外務大臣)等を担当。その後「筑紫哲也NEWS23」ディレクター、デスクを経て、「時事放談」を制作プロデューサーとして立ち上げ。現在、TBS報道局政治担当解説委員。
著作:「官僚」(共著)新聞協会賞受賞