NEWSの深層

TBS NEWS

2019年3月22日

横畠内閣法制局長官の発言から考える三権分立と民主主義

[ TBS政治部記者 室井祐作 ]

 3月6日の参議院予算委員会の集中審議で、小西洋之参院議員(立憲民主党会派)の質疑に対する横畠裕介・内閣法制局長官の発言が問題になった。小西氏が長広舌をふるう安倍総理の答弁姿勢を批判したときである。

 「安倍総理のように時間稼ぎをするような総理は戦後一人もいませんでした。国民と国会に対する冒涜ですよ。聞かれたことだけを堂々と答えなさい(中略)議院内閣制のもと、国民代表の国会議員が国会で行う質問は、国会の内閣に対する監督機能のあらわれである。こうした閣議決定、質問主意書の答弁があるということを確認してください」(小西洋之参院議員)

 「国会が一定の監督的な機能、もちろん行政権の行使は内閣の全責任で行いますけれども、国権の最高機関、立法機関としての作用というのはもちろんございます。ただこのようなことに声を荒げて発言するようなことまで含むとは考えておりません」(横畠裕介内閣法制局長官)

 小西氏は、憲法解釈に造詣が深く、最近の野党議員にあまり見かけなくなった“口”撃型の論客。早口でまくし立てる討論スタイルで、時に感情的に相手を糾弾することも少なくない。

 それに見かねた横畠氏なりの皮肉をこめた「軽口」だったのだろう。しかし小西氏の質問姿勢を「声を荒げて」と揶揄するような政治的な発言は、非常に危険な要素を孕んでいる。

 そもそも内閣法制局長官の仕事とは、「行政府による行政権の行使について、憲法を始めとする法令の解釈の一貫性や論理的整合性を保つとともに、法律による行政を確保する観点から、内閣等に対し意見を述べること」としており、当然、国会議員の答弁姿勢などについて個人的な見解を述べたり、時の政権の意向を汲む言動は許されない、もっとも中立性が求められる「法の番人」である。

 しかも、内閣法制局長官は、内閣の裁量で総理大臣や国務大臣の補佐がおこなえる「政府特別補佐人」の1人である。国会法で定められている政府特別補佐人は法制局長官含め、たった5人だ。

 横畠氏を巡っては5年前、集団的自衛権行使は憲法上許されないとする「昭和47年政府見解」の解釈について「限定的な集団的自衛権はみとめられる」と解釈を変更し、その後の、安保関連法制成立を後押しした。

 野党側が、集団的自衛権が限定的であればなぜ合憲になるのかということについて追及したときには、集団的自衛権をあるものに例えて物議を醸した。

 「仮に毒キノコだとすればそれは煮ても焼いても食えないしその一部分をかじってもあたります(中略)じゃあフグかもしれないと。フグだとそれは毒があるから全部食べたら、それはあたりますけれども肝を外せば食べられる、そういうこともあると」(横畠内閣法制局長官【2015年6月19日 衆議院・平和安全法制特別委員会】)

 野党はこのときから横畠氏の「軽口」は脳裏に焼きついている。

 後日、小西氏は改めて横畠氏に、発言の目的や動機について質したが、「国会議員の発言に関して評価的なことを行政府にあるものが申し上げるべきではない」と繰り返すだけで答えなかった。

 ただ、再三にわたる小西氏の追及に、横畠氏は一言だけ付け加えた。

 「法的な権限の行使としていかがなものであるかということについては国会自身において判断すべきことでありまして、行政府にあるものとして申し上げるべきでなかった」(横畠内閣法制局長官 【3月12日 参院外交防衛委員会】)

 この問題の根本である。国権の最高機関である国会における、国会議員の発言の評価を行う権限は、国会(立法府)にしかなく、行政府の人間が行うことはできない。権力の濫用を防ぎ、国民の権利と自由を保障する「三権分立」の基本原則である。

 それを越権した法制局長官は辞任すべきだと小西氏は指摘したが、当然の主張といえる。今回の横畠氏の「軽口」は三権分立の原則を揺るがす、看過できない発言だった。

 横畠氏の発言が問題になっている最中、衆議院の法務委員会でも、議事進行に対して中立であるべき葉梨康弘委員長(自民)が野党議員の質疑中に、突然私見を述べ議事進行を妨げる場面もあった。

 野党は、「長期政権で驕り高ぶっている」と反発したが、このとき野党側の立憲民主党の筆頭理事が不在との理由で直ちに問題にしなかった。

 政府与党側の「越権行為」が後を立たない。横畠氏、葉梨氏の両氏は委員会の場で謝罪、撤回を行ったが、自分の発言の何が問題だったのか、本質的なところには触れなかった。

 野党は行政監視の役割をしっかり果すべきだとおもう。とくに行政府の人間が立法府をおとしめる行為は民主主義の破壊につながることは肝に銘じなければいけない。

室井祐作

室井祐作(TBS政治部記者)

政治部・野党キャップ。2004年入社。映像取材部、外信部、バンコク特派員を経て政治部へ。官邸クラブ、自民党クラブを担当。特派員時代はアジアを中心に27か国を取材。