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TBS NEWS

2019年1月10日

「笑わない2人」~スタート2019自民党仕事始めの裏側

[ TBS政治担当解説委員 石塚博久 ]

 2019年のはじめは、自民党本部9階、901号室から始まった。

 最上階のフロアは、隣の食堂以外はこの部屋で、総裁(総理大臣)の会見や年末の党税制調査会など大がかりな会議に使う広い場所なのだ。正面には仰々しい「仕事始め」の看板がつられていた。午後、3時から始まる集まりに向けて、テーブルの上には、ウーロン茶や緑茶とサンドイッチなどが、置かれ、職員があわただしく準備していた。

 取材スペースは、青いテープで区切られ、各社カメラスタンドを立てて準備に余念がなかった。正面では、どこかのスタッフが「テストです、テストです」などと繰り返し、なにやら雰囲気は盛り上がり出した。前では怖い顔のSPが「カメラ8台です」などと、ワイヤレスホンで、どこにやら報告していた。

 そんなとこに、おっとり刀で新聞記者時代に名古屋で一緒にしていたカメラマンが訪れ、「おお」などと声を出す。「なんかさあ、大掃除してたらさあ、名古屋のあんたの写真がでてきたんだけどさあ、なぜか松葉づえ持ってんだよなあ」などと、心当たりのないことを言い出し始めた。そして、どこからかの電話を受けて「そうですねえ、議員が来ると見えなくなっちゃうから撮っときますかあ。バヤリースとウーロン茶とサンドイッチてなとこですけどねえ」などと、しゃべりだした。「そういえば、昔からおしゃべりだったなあ」などと少し、懐かしんだりした。そして、議員が集まりだした。

 「おめでとうございます」と言い合うと、「先生前のほうへ」「いやいや選挙のあるほうが前へ」などと、譲り合い「こんな場面も、大事なんだな」などと思ったりした。そこへ、やってきた司会役の稲田筆頭副幹事長(元防衛大臣)はなんとも、若々しい紺の上下のスーツ姿だった。さっそく、どこからか「女子高生みたいっ」と冷やかしの声が飛び、稲田氏は「なにか」とおどけて睨み返したりした。そして、なんともでかいのが元ビーチボールバレー選手の参議院議員の朝日健太郎議員で、カメラの前に立ち止まると古参の議員から「もっと向こうに行ってよ」などと言われたりしていた。

 議員が部屋いっぱいになったところで、そこに、安倍総理入ってきて拍手が沸いた。

 そして、マイクの前に立った安倍総理は「皆さま、あけましておめでとうございます。今年のお正月はずっと本当にいいお天気で、先般、伊勢神宮に参拝をする際も、車窓からくっきりと富士山を見ることができました。何となく今年はいいことがあるのかなと。今年は私、5日、6日に地元に帰ったのですが、地元の新年会の会場に行く途中に、くっきりと虹が、完全なアーチ型の虹が出ていて」などと軽妙に話し出し、「おー」と沸いたりした。そして、「かつですね、そこに二頭の鹿がピョンピョンピョンと…この話を地元の人にしたら、鹿が増えて困っているんだと」と話すと「どっ」と笑いが起こった。気をよくした様子で「今年はイノシシ年でございます。12年に1回地方選挙と、そして参院選挙が重なる年であります。その年は自民党にとっては厳しい年と言われております。12年前もですね。安倍政権でありました。12年前安倍政権と言っても、私がずっとやっているわけではなくて、途中5年間休んでいるわけでありますが」と話すと、また「どっ」と笑いが起こったりした。

 「12年前のイノシシ年も参院選挙、厳しい結果になりました。考えてみると当時私も若かったのかなと。あの時の年頭の記者会見、私がなんて言ったかというセリフをみましたら、イノシシ年ということに触れまして『美しい国に向けてたじろがず、真っ直ぐに進んでいく』、こういうことを言ってるんですね。一見もっともらしいんですが、イノシシというのは猪突猛進に見えて、実はしなやかな動物である。障害物があれば右に左にひらりひらりと交わしていく。厳しいものにぶつかったときは1回Uターンすると見せかけてまた別の道を探すという。ですから私もイノシシに申し訳なかったなという思いでありますが、この12年間の違い、それを私も学んだことでありまして、今年1年間はしなやかに、そして寛容の精神と謙虚な対応で政権運営を行っていきたいと思います」と語る中、麻生財務大臣は会場内を、握手して回り始めた。

 そして、今年が4年に1度の地方議員の選挙と3年に一度の参議院選挙が重なる、12年に一度の「亥年選挙」になることに触れた。夏の参院議員選挙で、頼みの地方議員が4月の自分の選挙につかれてしまっていて、自民党には逆風になるというわけだ。「確かに統一地方選挙があった後の参院選挙が厳しいのは事実ではありますが、これからはお互いに選挙が厳しい厳しいと論じ合うのではなく、この厳しさをどうやって克服していくか、この厳しさを克服するために何をやっているかを語り合う年にしていきたい、そう思う次第でございます。様々な難問を乗り越えていく、そして平成から次の時代に向かって日本の国づくりに挑むことができる政党は、我々自由民主党だけではないでしょうか?」に「そうだっ」との声。

 畳み掛けるように安倍総理は「勝利に向けて頑張っていこうではありませんか。今年1年間が日本国にとって輝ける年となりますことを祈念致しまして、年頭のご挨拶とさせていただきたいと思います。おめでとうございます」と、上機嫌でまとめ、会場内にはまた、「そうだっ」との掛け声が上がり、拍手が沸いておめでたい明るい雰囲気が広がった。で、ふと横をみると政権の「かじ取り役」の菅官房長官はなにやら怖い顔で一点を見つめていた。

 そして、稲田氏は「総裁ありがとうございます。このイノシシ年にちなんだ、力強い挨拶をありがとうございます。私も今年は年女でございます。頑張ってまいります」と、大声で「調子よく」自らを売り込み、「どっ」と笑いが起こった。そして、会場では安倍総理を囲んでの「記念写真」などで沸いた。

 そして、日程は役員会に進む。今度は4階の幹事長室の奥の部屋に移り、役員が次々と入っていき、呼びかけとともにカメラ、そして記者の順で入っていくのだが、なんとも部屋は狭くて、ぎゅうぎゅう詰めなのだ。

 安倍総理は何やら話しているのだが、よく聞こえない。そんなうちに、「頭どり」の終わりを告げられてそれぞれ出ていくわけだった。総理番は、総理の発言はすべて報告する必要があるので、「発言なしだね」と誰かが言うと、「言ってたという話もあるけど」と誰かが言い、「『孝行が大事だね』とか気がするけど、意味が分からない」と誰かが言い、「じゃあなしで」「なしでお願いしまーす」と、「決着」していた。

 そして、役員会の後は「幹事長会見」。約1時間たって二階幹事長らがやってきた。

 昨年末はインフルエンザ、そして高血圧で一時入院していた二階幹事長はすっかり「すごみ」が戻っていた。そして、今年の選挙にどう取り組むかと聞かれ「選挙に関してよく言われることだが、我々は選挙を何回も経験したし、たくさんの選挙で遭遇したが『これど妙案だ』と、『この手でいけば間違いない』というのは簡単に見つかるものではない。私たち自民党は日ごろから選挙を目指して頑張っております。この経験をいかして立派な戦いをして勝利をおさめていきたい」と記者を睨み返した。そして、参議院選挙と合わせて、取りざたされる衆議院の解散、総選挙について聞かれると「私が決めることではありませんので。しかし、あるとすればどなたからか相談があるはずです。自民党の幹事長が知らないで選挙やれるならやってみなさいとなったらまずいでしょ?そうならないように相談はありますよ。相談はありますが、今のところ、色んな方々が憶測で叫んでいるにすぎない、そういう状況です」とまたもや、ぎろりと記者を睨み返した。「政局が始まっているんだな」と思った。

石塚博久

石塚博久(TBS政治担当解説委員)

1986年、日本経済新聞社入社。大阪本社証券部、名古屋支社(愛知県警、名古屋市役所担当)を経て、90年から東京本社政治部。官邸クラブ(海部政権)、野党クラブ(社会党土井委員長、田辺委員長)、平河クラブ(自民党竹下派担当、92年竹下派分裂など)等を担当。
1996年TBS入社。政治部で新進党クラブ、平河クラブ(自民党橋本派担当)、外務省(田中真紀子外務大臣)等を担当。その後「筑紫哲也NEWS23」ディレクター、デスクを経て、「時事放談」を制作プロデューサーとして立ち上げ。現在、TBS報道局政治担当解説委員。
著作:「官僚」(共著)新聞協会賞受賞