NEWSの深層

TBS NEWS

2018年12月28日

「2018~2019」―Giverを探して

[ TBS政治担当解説委員 石塚博久 ]

 会社の机の上を片付けながら、この一年のさまざまなことが脳裏をよぎった。

 書類の山からは、仙谷由人元官房長官の「お別れの会」で手渡された、チラシが出てきたりした。

 その中で仙谷氏は「遠望するまなざしとプラグマティズム」と題して語っていた。「私は自らの政治信条に『遠望する眼差しとプラグマティズム』を掲げてきた。すなわち、未来に理想を遠望しつつ、それを実現するため、日々の改革はプラグマティックに現実的な“解”を実行していくということだ。と語りかけていた」。

 思えば11月30日。国会近くのホテルニューオータニで、この会は開かれたのだった。

 プラグマティズム、つまりは「行動」を大切にしてきた政治家とあって、枝野幸男立憲民主党代表、玉木雄一郎国民民主党代表ら旧民主党の政治家や関係者に加えて、大島理森衆議院議長や、石破茂元自民党幹事長、田中真紀子元外務大臣、亀井静香金融・郵政改革担当大臣、そして、菅義偉官房長官や山下貴司法務大臣らも姿を見せた。

 会場に入れない別のモニター室の入り口には長々と行列ができていた。

 大島氏は遺影の前に立ち「20年前の小渕内閣の金融国会では、あなたの見識と政治手腕を教えられました」と語りだし、正面を見つめて「主義主張が違えども同年代、戦後世代の議員として共通した時代認識でありました」と声を詰まらせた。そして、枝野氏は「仙谷さんに教えていただいたことを生かすのが、恩返しだと思います」と語りだした。

 「2010年の参議院選挙の翌日、勝てなかった民主党の、私は幹事長でした。公邸で仙谷さんと菅総理と話して今日辞めさせていただきたいと言ったら厳しく叱られました。『権力に対する執着心が足りないっ。せっかく手にした権力を自分から手放してはいけないっ』と厳しく言われました。先生に教えていただいたことを生かせるように頑張ります」と話すと、正面の写真をしばらくじっと見つめ続けた。そして、「おやじ、早すぎますっ」と大声を出し、あちらこちらからすすり泣きの声が聞こえた。

 その枝野氏は、国会トークフロントラインで2018年の重大ニュースの1位に国会の状況を上げた。

 「森友の財務省文書がひどい話ですが、PKOの日報隠蔽もそうだし、森友がらみでの虚偽答弁、そして明らかに客観的な証拠と、食い違った答弁を堂々とし続けると、これは本当に江戸時代に戻ったのかというような近代国家としてはありえないことが起こっている。本当に近代化を始めたばかりの途上国がまずやらないといけないことは公文書を信頼できるものにしないといけないこと。それから民主主義の手続きとして、客観的な情報を基に議論しないといけない。これができない国会に急激になってしまった。同じことを同じ近代国家としての大原則を壊した結果、起こったのは日中、日米戦争だ。あれだけ日本は大変な犠牲を払った。本当に社会状況としては昭和10年代後半の公文書のいい加減さ、国会などでの政府の説明、答弁のいい加減さという状況は、事実に基づかないことを議論したら、間違った結論になるのは当たり前で、わが国は危機的な状況だ。まっとうな先進国ではなくなっているという危機意識をもっている」。

 思えば、臨時国会の最中にスタジオに招いた自民党幹部は、それぞれ自らこの国の舵取り役になる思いを語っていたっけ。

 「総理は目的ではなくて手段だが、例えば、日本民族が初めて迎える人口急減は、半端じゃない。その時批判を受けようとその時々の課題を、きちんと答えを出すか、それは誰がやるかという問題。次の時代のためにいろんな問題を一つでも解決しなければいけない。(それが自分にできるとの思いは)出来る思いがなかったら立候補してはいけない。自信がないのに立候補するのは、有権者に対する冒涜だと思う。自分の主張を曲げてまで多くの支持を得ようということではなく、主張はきちんと述べ真意を述べる。この2つを両立させて議員票も伸ばしていこうと思う。(地方への取り組みは)東京あるいは大企業・豊かな人たちだけを見て政治をしてはいけない。その地域地域の人が何に喜び悲しむかのか理解することをこれから先も続けていく」。

 「(ポスト安倍総理は)禅譲というような状況にはならないと思う。必ず総裁選挙はある。総裁選をしっかり戦って、そこで勝たなければ『次』はないということ。しっかりと戦い、取らないといけないと思っている。世の中は変化するし、経済は循環するので、それに適した政策を考えないといけない。次の時代には、次の時代に相応しい政策が求められると思う。宏池会は『リベラル・ハト派』という体質をしっかりと引き継いでいる政策集団であると思っている。もうひとつの特徴は、徹底した現実主義だと思う。宏池会の流れで、よく『経済重視・軽武装』」が宏池会の政策の特色であると言われるが、あれは徹底した現実主義の『結果』。その時代において求められた政策が『経済重視・軽武装』という政策であったということ。ですから、これからも徹底した現実主義、特定のイデオロギー・理念にこだわるのではなく、国民が何を求めているのか。こうした現実主義に徹していきたいと思う。それは、その時代を見極める冷静な目が求められると思うし、現実に対して『こうであるべきだ』という勇気を持たないといけないということだと思う。 多様性をしっかりと認めていくとか、政治手法としてはより『ボトムアップ』という政治手法を重視するということが特徴になる」。

 お別れの会では、韓国の哲学者と紹介された、初老の男性が遺影の前に立った。

 「今日は仙谷さんとの30年来の友情の中での体験を申し述べたい」と話し出した。

 「仙谷さんはある日、私に『リーダーたるものは何ですか、一言で答えてください』と言いました。私の永遠のテーマであるリーダーシップを一言でいうのは無理なのですが、私は『Leader is a giver』と答えました。自分でなく、社会、国家を重んずる思考様式なんです」と言うとしばらく黙った。そして、「9月29日に私を招待してくれ、友人4、5人と楽しい夕食会をエンジョイしました。その日は仙谷さんが死を予感して準備した最後の晩餐だったそうです。私は『僕より先に死んではいけませんよ』と言いましたが、彼は守れませんでした。来世があれば何か彼岸でお会いできるのではとの気持ちです。また逢う日までさようなら」と語ると、会場ではすすり泣きの声が広がった。

 様々思いがこみ上げて。机の上のかたずけが進まないうちに、会社の窓から外はすっかり暗くなっていた。「2019年になるんだな。Giver(ギバー)は現れるのだろうか」。そして私は・・・。

石塚博久

石塚博久(TBS政治担当解説委員)

1986年、日本経済新聞社入社。大阪本社証券部、名古屋支社(愛知県警、名古屋市役所担当)を経て、90年から東京本社政治部。官邸クラブ(海部政権)、野党クラブ(社会党土井委員長、田辺委員長)、平河クラブ(自民党竹下派担当、92年竹下派分裂など)等を担当。
1996年TBS入社。政治部で新進党クラブ、平河クラブ(自民党橋本派担当)、外務省(田中真紀子外務大臣)等を担当。その後「筑紫哲也NEWS23」ディレクター、デスクを経て、「時事放談」を制作プロデューサーとして立ち上げ。現在、TBS報道局政治担当解説委員。
著作:「官僚」(共著)新聞協会賞受賞