• ■2019年6月21日 掲載

【記者の目】消えた留学生を探して

社会部・寺川祐介記者

所在不明となった東京福祉大学の研究生たちは、どこで何をしているのか?

住所とされた場所は、都内だけでなく埼玉や千葉にもありました。古びたマンションやアパートばかり…。3か月に渡って、同僚記者と行方を探して歩きました。

ある建物には、独特のカレーのような香辛料のにおいが立ちこめ、あるマンションには、「ゴミ出しは決められた日に」とアジアの言語で書かれた張り紙があちこちに。部屋の外には洗濯物が無造作に干され、玄関には大量の靴が置かれているのが垣間見えました。

中から出てきたアジア系とみられる若者に、所在不明の研究生の名前を尋ねると…。

「今はもう住んでない」
「私たちは2か月前に来たので知らない」

空振りが続き、部屋の住人の入れ替わりの激しさが伺えました。どこも、3~5人くらいで部屋をシェアしていました。夜遅くまでアルバイトをしているためか、午前中は部屋にいることが多いようでした。

100軒近く訪ね歩く中で、ようやく4人の、“所在不明”の研究生に会うことができました。その一人、モンゴルから来た男性は、8か月で東京福祉大学に通うのをやめ、引っ越しの仕事をしていると、たどたどしい日本語で話してくれました。

「勉強やりたいなと思って入ったけど、全然しないからどうしようかなと。(研究生に)入るの簡単、テストも簡単だし、自分ができるだけの会話書いたらできた。ちゃんと勉強して大学に(編入で)入れるかなって。お母さんは日本で大学入って卒業してくださいって。」

本当は、勉強をして正規の学部生になり、日本の大学を卒業することが目標だったといいます。大学は良いところだった?と聞くと、「そうでもなかった。意味ないね。」と、こぼしました。

スリランカ人とネパール人の2人は、日本語での会話が、ほとんど覚束ないレベルでしたが、分かったことが2つ。

1つは、「来日後に日本の日本語学校で誘われ、研究生になった」
2つ目は、「他にどこにも行けなかったから、研究生になった」

もう1人のネパール人とは、もう少し突っ込んだ会話ができました。ストレートに、出稼ぎが目的なのかとたずねると…。

「確かにバイトはできるけど、学生だと週28時間までしか働けない。出稼ぎするなら違う方法にする。(研究生に認められる)ビザは1年だし、学費60万円は僕たちには高い」

留学生政策が専門の東京工業大学佐藤由利子准教授は、背景事情をこう解説しています。

「大学の国際競争力を高める目的で、政府が“留学生30万人計画”を打ち出したのが2008年。当初は中国や韓国など漢字圏の若者が中心でしたが、2011年の東日本大震災の影響で、そうした国からの留学生が激減すると、代わって増えたのが、ベトナムやネパールなどの若者でした。彼らは漢字圏でないため、比較すると、日本語の習得が難しいという事情があります。そして、留学のための資金をアルバイトで賄う若者が多いのも特徴で、多額の借金を抱える者もおり、なかなか学習に集中できない状況につながっています」

出稼ぎ目的で日本に来たというよりは、日本で学び、大学を卒業したいという意欲はあったのに、バイト漬けの日々の中で挫折していった若者たち____。それが、これまでの取材から浮かび上がった、「消えた留学生」たちの実像です。

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