【現場から、】平成の記憶


2019年4月29日
陛下が初めて“退位”を告げた夜

天皇陛下は30日、退位されます。私たちが退位の意向を初めて知ることとなった平成28年(2016年)のお気持ち表明。陛下はその6年以上も前、側近たちに退位の意向を明かされていました。その当時の状況がJNNの取材で明らかになりました。

それは天皇陛下、76歳の夏。平成22年(2010年)7月22日午後7時のことでした。両陛下のお住まい皇居・御所に、宮内庁長官や側近の侍従長、国民の立場から意見を具申してきた宮内庁参与らが集まりました。両陛下と定期的に意見を交換する「参与会議」。元宮内庁参与の三谷太一郎さんは、この日の参与会議で、陛下が冒頭、次のように発言されたと明かします。

「『一般的に日本の社会がそうですけど、高齢化というのが非常に進展している』。『皇室も例外ではない』と」(「会議」に出席した宮内庁元参与 三谷太一郎氏)

「皇室の高齢化に措置が必要だ」と話された陛下。さらに…

「摂政や天皇の代行など天皇自らができないときの中間的措置が考えられるが、それでは天皇の役割を果たすことはできない」

天皇に代わって公務を行う「摂政」に反対を表明されたといいます。その直後の陛下のお言葉に、参加者たちは驚かされます。

「天皇だったものが天皇の務めを果たせないとなれば、やはり退位すべきだと。留保無しの譲位のご意見と私は受け止めました」(「会議」に出席した宮内庁元参与 三谷太一郎氏)

「退位して、皇太子さまに皇位を譲る」。そう淡々と述べられたというのです。陛下はさらに、「80歳まではやる」と具体的な時期を示し、「その後は上皇になる」とも話されたといいます。

会議の出席者は口々に、摂政を置くことや、公務を減らすことを提案し、陛下に思いとどまってもらうよう伝えたといいます。

しかし…

「天皇の務めは摂政では務まらない。天皇その人でなければ務まらない。自分はそういう緊張感でもってやってきたんだと。それが象徴天皇としての自分を支えてきたと」(「会議」に出席した宮内庁元参与 三谷太一郎氏)

天皇の務めは天皇にしか果たせない。数多くの公務を全て、全身全霊で行うことこそが象徴天皇の姿であり、歳を重ね全力を尽くせないならば、退位すべきだと繰り返されたというのです。この日、5時間以上議論が続きましたが、結論は出ませんでした。

その後、自らが設定された80歳を超えられた陛下。思いは変わらず、平成28年8月8日…

「象徴天皇の務めが常に途切れることなく」

陛下は国民に対して、退位の意向を初めて明かされました。参与会議で思いを伝えてから、実に6年。「象徴天皇とはどうあるべきか」、陛下が考え抜いた末の結論だったと三谷さんは言います。

「象徴天皇の本質を真剣に考えられたことの結果だと思う。日本国中が陛下の強い決意に動かされたというかね 、僕はそれがどうも真実じゃないかと思いますね」(「会議」に出席した宮内庁元参与 三谷太一郎氏)