【現場から、】平成の記憶


2019年4月16日
無人になった島“再生”へ

平成に入って、日本の人口は減少に転じ、特に地方では著しく減っています。そんな中、鹿児島県では、無人になった小さな島を再生させようと、かつての住民が動き出し、その動きを行政も注目しています。

桜島の北東に浮かぶ鹿児島市の新島(しんじま)。周囲およそ2キロの小さな島です。ピーク時の昭和26年には、およそ250人が住んでいましたが、市街地への移住と高齢化で、6年前の平成25年に無人島になりました。

桜島から出る週3日の連絡船は今も残されています。

元島民の東ひろ子さん(62)です。

「ここに来たらほっとすると言われるからありがたい」(元島民 東ひろ子さん)

高校進学以来、島を出たきりでしたが、平成26年から、ふるさとの再生に取り組んでいます。人の背丈より高い竹や、土砂に覆われ島は荒れ放題でしたが、この5年間で元島民の仲間たちと少しずつ切りひらいてきました。

「いかに大変だったかが見ると分かるでしょ。こんな感じを切りひらいてくれた」(元島民 東ひろ子さん)

無人の島には、今でも正午になると、昼を知らせるメロディが鳴り響きます。

かつて島にあった暮らし。自家発電だった新島では、昭和54年に海底送電線が完成し、夜も灯りがともり、テレビや冷蔵庫を使えるようになりました。小学校の分校もあり、海岸で行われた運動会は、島のみんなが参加して盛り上がりました。

住む人がいなくても、ふるさとを荒れたままにはしたくない。東さんは、去年4月に夫の道也さんや元島民らとNPOを立ち上げ、島を生かした自然体験ツアーなどの取り組みを始めました。

「ここが新島分校跡です」

島を活用しようという動きは、行政にも広がりました。去年、鹿児島市は島の活用法を検討するため、森博幸市長が島を視察。その後、調査を行った結果、島の大半の土地は所有者の特定が難しいものの、鹿児島市の所有するエリアと現在も使用できる電気などのライフラインを生かし、利活用を目指すことになりました。

今年度から東さんらと意見交換を行い、島の再生に向けて具体的な方向性を決めていく予定です。

「咲いている」(元島民 東ひろ子さん)

去年の夏、東さんらが植えた椿の木。今年初めて花をつけました。

「何のために生かされてるのかなと思ったら、この島のことをやるためだった。子どもの声が聞こえて、楽しんでもらえる場所になったらいい」(元島民 東ひろ子さん)

平成の時代に無人になった、ふるさとの再生へ。小さな島で次の時代への挑戦が始まっています。