【現場から、】平成の記憶


2019年4月15日
光市母子殺害 ~遺族の訴え 国を動かす

今回は20年前に山口県光市で起きた母子殺害事件です。妻と娘を奪われた遺族の訴えは、国の制度を変える力になりました。

「天網恢々疎にして漏らさず」、天は悪人に必ず罰を与える。本村洋さんをそばで支えた刑事の言葉です。

事件は瀬戸内海に面した山口県光市で起きました。平成11年4月14日、本村さんと同い年で当時23歳の妻・弥生さんと生後11か月の長女・夕夏ちゃんが自宅で殺害されました。4日後に逮捕されたのは、当時18歳の大月孝行、旧姓・福田孝行死刑囚(38)でした。逮捕後は少年法に基づき家裁送致となりますが、「刑事処分が相当」として成人同様の裁判が始まります。

「最後は必ず遺族が望む刑を信じてこの日まで頑張ってきたが、最後の最後まで司法に裏切られた」(本村洋さん〔1審判決後〕)

裁判での自由な発言や法廷への遺影の持ち込みは許されず、被害者は置き去りにされた状況でした。検察側は、少年犯罪の裁判として異例の死刑を求刑しますが、1審の山口地裁は判例や少年法を重視し、無期懲役を言い渡します。

「遺族だって回復しないといけない。人を恨む、憎む気持ちを乗り越えて、優しさを取り戻すためには、死ぬほど努力しないといけない」(本村洋さん)

平成12年、本村さんは同じ苦しみを抱く全国の仲間と権利の確立や司法制度の改革を求め犯罪被害者の会「あすの会」を設立します。メンバーとして活動した白井孝一弁護士です。

「被害者が一生涯、被害者でいなければならないなんて、ばかなことはない」(元全国犯罪被害者の会 あすの会 顧問弁護団代表 白井孝一弁護士)

会の設立から4か月後、被害者が法廷で気持ちを述べることができる「心情陳述権」などを盛り込んだ被害者保護法が成立します。権利が見直されるなか、2審の広島高裁で言い渡された判決は1審と同じ無期懲役でした。

「無力な人間だと痛感」(本村洋さん〔2審判決後〕)

「あすの会」の活動は広がりを見せ、39万人以上の署名が後押しします。事件から5年後、「犯罪被害者基本法」が成立します。さらに最高裁は「犯行の残虐さなどを総合的に判断すべき」と裁判を広島高裁に差し戻します。そして平成20年4月、差し戻し審の判決で死刑が言い渡されます。

「厳粛な気持ちで判決を受け止めている。被害者の権利が認められていない時代から傍聴席が確保され、意見陳述もでき、そういった過渡期に裁判を迎えたことは意義深い」(本村洋さん)

「あすの会」は被害者が新たな一歩を踏み出すための道筋を整え、去年6月に解散しました。

「被害者も立ち直ることができる、きっかけとなる勇気を与えた」(元全国犯罪被害者の会 あすの会 顧問弁護団代表 白井孝一弁護士)

「妻と娘の死をむだにしたくない」

20年前の春、2人を撮影した河川敷には今年も桜が咲いていました。