【現場から、】平成の記憶


2019年4月5日
原発立地で揺れたマグロの町・大間

今回は、全国有数のマグロの町、青森県大間町で建設が進められている大間原子力発電所です。漁師の町にとって平成は原発の建設が本格化し、大きく揺れ動いた時代でした。

今年1月、東京・豊洲市場の初競りで、3億3000万円を超す史上最高値で落札されたクロマグロ。この278キロの大マグロを釣り上げたのは、青森県大間町の漁師です。

マグロの町・大間町。そのもう一つの顔が原発の町です。2026年度ごろとする運転を目指して、大間原発の建設が進んでいます。

「原子力発電所は1つの企業誘致と考えているので、そのことを1つの契機として町の発展につなげていく」(大間町 金澤満春 町長【平成26年】)

大間町に原発の誘致話が沸き起こったのは、昭和51年(1976年)、43年前にさかのぼります。町の商工会が原発建設のための調査を町議会に請願。事業者の電源開発と地元の2つの漁協との漁業補償の交渉は難航。県が仲介に乗り出したことで、平成6年(1994年)、ようやく漁業補償が締結されます。

原発立地に町が向かう中、大きな問題となったのが建設予定地の土地買い上げ。頑なに反対を貫き続けたのが熊谷あさ子さん(平成18年 死去)です。

「(原発反対で)30年がんばってここまできた。いまさらひく気もない。ここで骨をうずめる気持ちでいる」(熊谷あさ子さん)

1ヘクタールの畑の一部が建設予定地に入っていましたが、熊谷さんはログハウスを建てて土地を売却しませんでした。

「(売却交渉で)町長や町議会議員がほとんど毎日のように母の自宅へ訪ねてきた」(熊谷さんの長女 厚子さん)

平成15年、事業者の電源開発は、原子炉本体の位置を当初の計画から200メートルずらします。平成20年に建設工事に着工。大間町は原発特需に沸きます。

しかし、平成23年(2011年)、東京電力・福島第一原子力発電所の事故で事態が一転。原発建屋の建設工事は全く進んでいません。

町の経済は一気に停滞し、工事の作業員を当て込んでオープンしたホテルは今、年間の平均稼働率がわずか1割前後と低迷しています。

「1日も早くやってもらわないと死んでしまう。観光客が来ない、大間には事業はない。結局、頼りは原発です」(みちのくホテル大間亭 工藤竹美会長)

一方、反対運動を貫いた熊谷あさ子さんの長女・厚子さんは、亡くなった母親の遺志を継ぎ、原発の建設差し止めを求めて訴訟を起こしています。

「福島の事故を踏まえた上で危険なものだから、原発に頼らずにいける形を目標にしてやっていければいい」(熊谷さんの長女 厚子さん)

マグロの町・大間町。漁業と並ぶ産業が育たず、町の経済は原発依存から脱却できないまま、深刻な課題を抱え、新しい時代「令和」を迎えます。