【現場から、】平成の記憶


2019年3月27日
ウクライナ危機 引き離された姉妹

今回は2014年のウクライナ危機です。今も東部の親ロシア派の支配地域で紛争が続く中、およそ5年間も離ればなれになっている姉妹を取材しました。

2014年(平成26年)、ウクライナの首都・キエフは市民の怒りに包まれました。ロシアを後ろ盾とするウクライナのヤヌコビッチ大統領がEUとの協定への署名を断念し、親欧米派が猛反発。この混乱の中、ウクライナ東部の親ロシア派は独立の動きを見せ、ウクライナ軍と衝突。今も対立が続いています。当時、キエフに住んでいたアナスタシアさん(59)は2014年以降、東部に住む妹エレナさん(55)と離ればなれとなりました。

【 軍人に対して― 】
「誰に撃っているのよ!あっち(東部)には同じ兄弟姉妹がいるのよ」(アナスタシアさん)

「どんな兄弟だ?彼らは銃でウクライナの法を犯したんだ」(ウクライナの軍人)

アナスタシアさんの妹エレナさんは「親ロシア派に協力した」として、5年前、ウクライナ当局の下で3年近く拘束されていました。今、ウクライナ軍が管轄している地域では再び拘束される可能性があり、自由に移動することができません。

「彼女のために祈り始めると1時間半かかります」(アナスタシアさん)

一体、今、エレナさんはどのような状況にいるのか。我々はウクライナ東部へと向かいました。

「彼ら(クリミア)はロシアと一緒になることを望んでいる」(ロシア プーチン大統領、2014年3月)

2014年以降、ウクライナ東部でウクライナ軍と親ロシア派の間で武力衝突が続き、何度も停戦合意がなされたものの守られていません。今も親ロシア派の支配地域へ抜ける道では…

「銃声が聞こえます。煙が上がっていますね」(記者)

親ロシア派が支配するドネツク市内へと車を走らせます。我々が訪ねたエレナさんは、大学から提供された寮の一室に1人で暮らしていました。今は働き口もなく、ボランティアから時折、食糧の提供を受けていますが…

「冷蔵庫には何もなくて薬だけです。薬がダメにならないよう冷やしています」(エレナさん)

エレナさんは2014年、ウクライナの治安当局に拘束された際、親ロシア派に協力した他の人物の名前を明かすよう拷問を受けたといいます。

「アルミのバットで殴られた痕です。腕を骨折し足を激しく打たれたので治るまで時間がかかり、(まだ)傷痕があります」(エレナさん)

3年近く刑務所に入り、その後、ウクライナ軍と東部の親ロシア派との間で囚人の交換が成立したため、エレナさんは親ロシア派の町ドネツクに来ました。子どもや孫がいるウクライナ軍が管轄する故郷へ戻れば、また拘束されます。そんな時、姉のアナスタシアさんが常に電話で励ましてくれました。

「こうなっても一瞬たりとも私を見放さず、お互いにかけがえのない存在です」(エレナさん)

姉のアナスタシアさんからのメッセージを、エレナさんに見てもらいました。

「どうか神様があなたに我々と会える機会を与えてくださるように」(アナスタシアさん、ビデオメッセージ)

「泣くのは好きではないけど、今は涙を抑えられません」(エレナさん)

紛争の結果、姉や、子や孫とも引き裂かれ、この紛争をどうにか終わらせて欲しい。5年前に抱いた独立への思いよりも、今は故郷に戻れる日を夢見ています。