【現場から、】平成の記憶


2019年3月20日
負け続けた名馬「ハルウララ」は今

負け続けることで全国に、そして世界に名をとどろかせた名馬が高知競馬にいました。その名も「ハルウララ」。今は千葉県の牧場で余生を送っています。

房総半島南東部に位置する千葉県御宿町。町の山あいにある牧場で、ゆったりと過ごしている馬がいます。名前は「う~ちゃん」。平成8年に生まれた23歳の牝馬です。

実はこの馬、かつて高知競馬で大ブームを巻き起こした「ハルウララ」です。負けても、負けてもひたむきに走り続けたハルウララは、子どもからお年寄りまで大勢の人たちから人気を集め、「負け組の星」とも呼ばれました。ハルウララの話題は国会でも取り上げられました。

「極めてほのぼのとした負けてもくじけるなという希望を与えてくれる、いい話題だと思っております」(小泉純一郎首相【当時】 平成16年)

105連敗で迎えたハルウララの106戦目、高知競馬場は空前の大フィーバーに…。鞍上に迎えたのは中央競馬のトップジョッキー、武豊騎手。夢の競演が実現しました。

「のびない、ハルウララ、のびない、いま一着、ゴールイン。ファーストバウンズ。遅れてハルウララ」(実況)

「これほど注目されるとは…、ある程度は覚悟していましたけどね。ここまで考えてなかったですね」(武豊騎手)

平成16年9月、厩舎にハルウララの姿はありませんでした。当時の馬主が栃木県の牧場で休養させるため、連れ出したのです。高知競馬に呼び戻そうとファンによる署名活動も展開されますが、ハルウララは高知に戻ることなく、平成18年、競走馬としての登録が抹消されました。

その後、栃木や北海道などの牧場を転々としたハルウララは、7年前の12月、千葉県御宿町のマーサ・ファームに預けられました。

「(来た当時は)結構怖がりな上に気が小っちゃいし、その割りには偉そうだし。面倒くさい馬でした」(現在の馬主 宮原優子さん)

およそ半年が経ち、馬主から月8万円の預託金が払われなくなったことから、宮原さんは5年前に「春うららの会」を設立。1口3000円で会員を募り、集まったお金でハルウララの世話をしています。

「勝ったことのない馬が、こうやって全国の人に愛されて幸せにしているのがすごいなって思いますね」(現在の馬主 宮原優子さん)

ハルウララの名付け親である高知競馬の宗石大調教師。68歳になった今も忙しい毎日を送っています。当時、高知競馬は「赤字を出せば、すぐ廃止」という危機的な状況に置かれていました。しかし、ハルウララブームで12年ぶりの黒字に…。引退後、再び存続の危機に陥りますが、ブームで得た利益や基金の取り崩しで、なんとか乗り越えてきました。

「いまだに競馬があるのはハルウララのおかげですよ。ハルウララありがとうと」(高知競馬 宗石大調教師)

負け続けることで平成の競馬史に足跡を残したハルウララ。15年が経った今でも大勢の人たちから愛され続けています。