【現場から、】平成の記憶


2019年3月8日
独自 原発放水一部始終の映像入手

東日本大震災で爆発を起こした福島第一原発。その冷却のために放水するという前代未聞の作戦を成功させたのは、東京消防庁のハイパーレスキュー隊でした。それから8年。JNNは、一部始終を記録した映像を入手しました。

車窓から見えるのは、爆発で吹き飛んだ建物の一部でしょうか。線量計の警告音が響きます。

「部隊長。積算、被爆のマックスを50ミリに見積もって、50分活動可能です」
「ビデオ撮っておいて」

2011年3月18日、東京消防庁ハイパーレスキュー隊の偵察部隊が、福島第一原発に入りました。爆発した3号機に放水するため、放射線量や現場の状況確認をはじめます。原子炉建屋のすぐ横にはおびただしい量のがれきが。中には、非常に高い線量の放射線を発するがれきもあります。破壊された車も横転しています。こうした危険と隣り合わせの屋外での調査は、実はもともとは予定されていませんでした。作戦を指揮した当時の警防部長・佐藤康雄さんはこう話します。

「(車から)降りて、あんな危ない所を活動することは、出場するときは想定していませんでした。これはもう自分たち(隊員たち)が判断して、ギリギリの中で活動してくれた映像」(東京消防庁・警防部長〔当時〕 佐藤康雄さん)

がれきの散乱などで車の走行がままならず、車外での調査が必要だと現場が判断したのです。

「マックス12.5ミリ」
「はしごの部署と同時進行でできるよね」
「よかったです」

放射線量の測定結果に、ほっとしたような声も。しかし、隊員たちは、さらに想定外の状況に遭遇します。東京電力が自衛のために持つ消防団のポンプ車が、既に何本ものホースをはわせていたのです。これを踏んでしまうため、東京消防庁の車両が通れません。

「道路もすうっと通れると思っていたので、車両を使ってホースを伸ばして、さっと設定して水を出して、早く引き上げようという計画だった。もう一度、態勢を立て直して、今度は車両ではなくて、人力でホースを伸ばすという形に作戦を変えて」(東京消防庁・警防部長〔当時〕 佐藤康雄さん)

車を使わず、人の手で800メートルものホースを伸ばすことになった隊員たち。

「この地点、線量高くありません。活動時間に余裕あります」

そして3月19日午前0時半ごろ、ついに東京消防庁138人の隊員たちは、およそ20メートルの高さから3号機への放水に成功しました。

「自立的な動きを各隊員ができる部隊に仕上がっていたので、今回うまくいったんだと思う。ただ言われたことだけやるということでは、1回目『できません』で帰ってきていた」(東京消防庁・警防部長〔当時〕 佐藤康雄さん)

それから8年。佐藤さんは振り返ります。

「現場の機転と、必ず成し遂げようという強い意志がなければ、あの任務は果たせなかった」と。