【現場から、】平成の記憶


2019年3月7日
震災後のメッセージ 陛下の思い

天皇陛下が初めて国民に向けてビデオメッセージを流したのは、東日本大震災の直後でした。当時の側近が、異例のメッセージの裏側を語りました。

「被災者の状況が少しでも好転し、人々の復興への希望につながっていくことを心から願わずにはいられません」(2011年3月16日ビデオメッセージより)

初めてのビデオメッセージで、国民にお言葉を伝えられた天皇陛下。東日本大震災の発生からわずか5日後という早さで異例の放送に踏み切られた背景には、何があったのでしょうか。

2015年まで8年近く、側近の中でもトップの侍従長を務めた川島裕さん(76)は、こう振り返ります。

「全貌が分からないけれど、ひどいということは分かっている状況。これから何が起こるか分からない原発の状況。非常に不安感が高い時期に、お言葉をなさろうとされたわけで、今考えると、タイミングとしてはあれしかなかったのではないか」(川島裕さん)

巨大津波による甚大な被害に原発事故…。希望が失われかねない状況でした。

陛下は皇后さまとともに入念に文章を考えられ、収録には皇后さまも立ち会われました。そして3月16日午後、全局で一斉に放送。陛下は、放送中に緊急地震速報が出た場合は、それを優先するよう念を押されていました。

「国民一人びとりが、被災した各地域の上にこれからも長く心を寄せ」(2011年3月16日ビデオメッセージより)

「被災者に長きにわたって心を寄せていくことの重要性を述べられている。涙が収録の現場でも出てきた」(川島裕さん)

「被災地に長く心を寄せる」。陛下はこの後、皇后さまとともに7週連続で被災地を訪問されます。震災後の早い時期には、「上空から福島第一原発の状況を確認できないか」と質問されたことも。

「身体を大事にしてください」

津波で行方不明になった子どもの写真を見せながら泣き出す母親。陛下は、じっと話に耳を傾けられました。

「統計数字じゃなく、個々の人々の悲劇がわかる。(統計数字の犠牲者)2万人ということではなくて、ひとり一人の悲しみの総和だというリアリティーを、両陛下はずっとお感じになりながら心を込めてなさった」(川島裕さん)

震災から8年、毎年のように被災地に足を運ばれた両陛下。その姿勢はずっと変わらなかったと川島さんは言います。

「心を込めて寄り添われるというのは、あのとき初めて始まった話ではなくてずっとなさっていたこと。東日本大震災という大きな悲劇の時にそれをなさって、『なるほど、象徴天皇の務めってこういうことか』と理解できてしまったという意味でも、東日本大震災はひとつの歴史的な意味合いがあっただろうと思いますね」(川島裕さん)