【現場から、】平成の記憶


2019年3月6日
ご当地グルメブーム「富士宮やきそば」

今回は、全国で町おこしのきっかけになった、ご当地グルメブームです。火付け役はB級グルメの象徴として有名になった静岡県の「富士宮やきそば」でした。

「オープニングの午前10時を過ぎました。見てください、会場は人、人、人、人、人だらけです。皆さんの目的はただ1つ、全国のご当地グルメを食べ尽くすことです」(記者、2007年第2回B-1グランプリin富士宮)

2006年(平成18年)から11年間にわたり、全国各地で開かれたB-1グランプリ。やきそばやおでんといった、ご当地グルメの日本一を決める食の祭典で、最盛期にはおよそ60万人の来場者を記録するなど大ブームとなりました。

「グランプリ受賞は…、9600グラム、富士宮やきそばのみなさんです」

そのブームを引っ張ったのが、第1回、第2回と大会を連覇した静岡県の「富士宮やきそば」でした。かための麺と肉かすが入っているのが特徴です。

この成功の立役者だったのが、富士宮やきそば学会の渡辺英彦会長でした。渡辺さんは地元で愛された、この素朴な味で、全国から客を呼ぼうと考え、富士宮でやきそばを食べる「ヤキソバスツアー」を開いたり、学会のメンバーを「やきそばG麺」と呼んだり、ユニークなイベントを連発しました。さらに、やきそばが食べられる市内の店数十か所を網羅したマップを作るなど、当時としては画期的なPRを仕掛けました。こうした試みで、富士宮市にはおよそ500億円の経済効果がもたらされたといいます。

「やっぱり、食の力はすごいものだなと感じています。富士宮だけがよければいいというわけではなくて、全国で食による地域おこしが次々と生まれていって、町づくりが進むということが理想」(富士宮やきそば学会 渡辺英彦会長)

富士宮やきそばの成功体験を知ろうと、富士宮市には全国から町おこしの相談が寄せられました。仕掛け人の渡辺会長は一躍、時の人となりました。

当時、渡辺会長のサポートをしていたスタッフも、こう振り返ります。

「『うちの町にも実はこういうものがあって、これでなんとか町おこしをしたい』と、そういう人たちがどんどん出てきて、そしてB-1グランプリに向かっていった」(富士宮やきそば学会 渡辺孝秀運営専務)

渡辺会長(享年59)は去年、惜しくもがんで亡くなりました。

しかし、食で人々を元気にする試みは、最近の大型飲食イベントに引き継がれています。平成に始まった、ご当地グルメブーム。食は次の時代も地域の活性化に大きな役割を果たしそうです。