【現場から、】平成の記憶


2019年1月28日
与野党攻防 平成の国会戦術

今回は、国会を舞台に繰り広げられてきた与野党の攻防を振り返ります。平成の国会戦術はどう変化してきたのでしょうか。

本会議場で足踏みする議員。ポケットに手を入れ、投票札を探す素振りを見せる議員もいます。平成4年の通常国会。国連平和維持活動に自衛隊を派遣するための「PKO協力法」に反対する野党が見せた“牛歩戦術”です。投票箱まで牛のようにゆっくり歩き、法案採決の時間切れを狙う戦術で、当時の参院本会議は投票に時間がかかった結果、4泊5日の徹夜国会となりました。

「(牛歩戦術が)大規模にあったのはあれが最後」(衆議院事務総長 向大野新治氏)

平成の国会をつぶさに見てきた、衆議院の事務方トップ・向大野新治事務総長。牛歩戦術が「時代遅れ」だと思われたのではないかと指摘します。

「前は自分たちのサポーターに訴えればいいだけだった。だから牛歩や乱闘をやることで訴えていた。ところが新たな有権者である無党派が出てきたときに、なかなかうけない」(衆議院事務総長 向大野新治氏)

特定の支持政党を持たない無党派層の台頭と重なる平成という時代、牛歩戦術にはこんな反応がありました。

「小学生の嫌がらせ」
「ナンセンス」

これと並んで平成の国会攻防で印象的な場面が…

「帰れ、帰れ」

委員会室に入れずに引き返す当時の橋本総理。“ピケ”と呼ばれるバリケード戦術です。バブル崩壊後の平成8年、野党議員らは住宅金融専門会社の不良債権処理のため、税金を投入することに反対し、委員会室を封鎖。しかし、当時のJNNの世論調査では、税金投入に反対する人が8割を占めながらも“ピケ”は「やりすぎ」という人も6割を超え、野党側の行動への支持は広がらなかったといえます。

そして、平成の後半に入ると…。

野党議員は国会で「ガソリン値下げ」を主張した“プラカード”を掲げています。議長の本会議場入りを妨害するなど、「実力行使」も行われましたが、カメラの向こうの有権者を意識して、視覚的に訴える手法が目立つようになっています。

また、政権への批判が大きなうねりとなった集団的自衛権の行使を可能とする安保法制をめぐっては、野党議員が抗議デモで使われたものと同じプラカードを国会内で掲げ、連携をアピールしました。

「こうやって自分たちが反対していると無党派の人に分かってもらいたいと、国民に見せている“見える化”は大事」(衆議院事務総長 向大野新治氏)

変わらないのは、野党にとっての見せ場、政府の不祥事などの追及ですが、向大野事務総長は国会の役割についてこう述べました。

「(不祥事の追及に)きっちり答えていくというのもリーダーの資質。危機が起こったとき、不祥事が起こったときにどう対応していくか、どう国民に納得していただくか、これはリーダーの強さだと思う。それを野党がしっかり追及していく、これが大事なこと」(衆議院事務総長 向大野新治氏)

平成の次の時代、国会の攻防はどうなっていくのでしょうか。