【現場から、】平成の記憶


2019年1月25日
尖閣上陸 ~“日中”の変化で活動家は

7年前、沖縄県の尖閣諸島に香港の活動家らが上陸した事件です。尖閣諸島に不法に上陸し、逮捕された活動家。日中関係の変化は彼らにどう影響したのでしょうか。

「香港の港に事件を物語るモノが残されている」そんな話を聞き、現場に向かいました。

「香港島の東側の港に係留されているボロボロの船。7年前に香港の活動家たちが尖閣諸島に上陸した際に、使用した船なんです」(記者)

潮風にさらされて船体の至る所が錆びついた船。甲板にあがると鉄製の骨組みが腐食して折れていたり、転落を防ぐ手すりがなくなっている箇所も…。尖閣諸島に上陸した際に使ったはしごは何とか原型をとどめています。

「ここが私たちが寝起きしていた場所です」

香港の活動家、曽健成氏(62)。この船で尖閣諸島を目指しました。曽氏は2012年、東京都が地権者から尖閣諸島を購入すると表明したことに反発。自国の領有権を示そうと尖閣上陸を計画しました。

終戦の日、8月15日に魚釣島に上陸しましたが、入管難民法違反で現行犯逮捕されました。上陸直前、船は海上保安庁の巡視船に取り囲まれていました。

「操舵室から『甲板の端には行くな。危険だから真ん中にいろ』と言った」(香港の活動家 曽健成氏)

香港に強制送還された後、地元では英雄のように扱われましたが、2013年ごろから、状況が変わっていったといいます。

「監視船がもう一隻来た」(香港の活動家 曽健成氏)

取材中にも、香港当局の船が…

「当局は24時間態勢で私たちが香港の海域を出ないよう監視している」(香港の活動家 曽健成氏)

翌年から徐々に活動への制限が強まっていったのです。その背景に、中国政府の意向があると曽氏はいいます。

「日本固有の領土」である尖閣諸島について、中国側は自国の領土だと主張し続けています。しかし、最近は良好な日中関係に配慮してか強硬な主張を控えているようにもみえます。

「中国政府は、私たちの活動に圧力をかけ続けている。政府の対応はとても冷たいけれど、(領有権を主張する)活動は諦めない」(香港の活動家 曽健成氏)

尖閣諸島上陸事件から7年。活動家の姿からは、平成の終わりの中国の姿勢の変化が垣間見えます。

「平成の記憶」取材後記

後に中国各地で反日デモが巻き起こるきっかけとなった尖閣諸島上陸事件。強制送還された際、大勢の市民に出迎えられ「自分の国に行って逮捕された。天下の笑い話だ」と強気に語る活動家がいました。テレビ画面で見た、その活動家の印象が強く残っていて、その後どうしているのか?という好奇心から取材を始めました。

その活動家が曽健成氏です。取材を快く受けてもらい、ボロボロになった船まで案内してくれた曽氏ですが、事件については一切非を認めず、もう一度尖閣の地を踏みたいとまで言いました。強気の姿勢は7年前と同じでしたが「中国政府の態度は冷たい」という言葉に、現状へのいら立ちを垣間見ることができました。

平成の終わりに劇的に変わった日中関係。今後その関係がどのようになるのか、しっかりと見続けたいと思っています。

記者:森岡紀人

毎日放送1998年入社
去年3月から上海支局支局長