【現場から、】平成の記憶


2019年1月10日
絶えない飲酒事故 遺族の思い

10日は、飲酒運転の車に追突されて福岡県で幼いきょうだい3人が犠牲になった事故です。「平成」は私たちの社会が飲酒運転に正面から向き合った時代でしたが、課題は残されています。

年末、福岡市中央区の繁華街に1人の母親の姿がありました。山本美也子さん(50)です。8年前、友だちと歩いていた高校1年の長男・寛大さん(当時16)を飲酒運転の車が襲いました。車は時速75キロのスピード。何の落ち度もない2人は、一瞬のうちに命を奪われました。

「飲酒運転は許してはいけない犯罪として、大きく認められてきた時代が平成だと思います」(長男を亡くした山本美也子さん)

飲酒運転は「犯罪」…。そう強く思う事故を平成の間に私たちの社会は、幾度と経験します。

20年前、東名高速で幼い姉妹が焼死した事故は、今までは最高で懲役20年が科される「危険運転罪」がつくられるきっかけとなりました。それでも事故は絶えず、7年後には福岡県であの事故が起こります。

深夜、博多湾をまたぐ海の中道大橋。幼い子ども3人を乗せたまま、欄干を突き破って車が海に転落しました。

「最初は子どもが泣いていたけど、途中から泣かなくなった」(救助活動を見た人)

橋の上には、前がひしゃげた黒い乗用車。飲酒運転の末の追突事故でした。当時、現場に居合わせた人は、運転していた福岡市職員の男が警察から事情聴取される様子を見ていました。

「むちゃくちゃ飲んでいた」(運転手を見た人)

この日、母親は暗い海に4度も潜って子どもたちを助け出したものの、4歳と3歳、1歳のきょうだいは帰らぬ人となりました。夏休みにカブトムシを取りに行った帰りに…。福岡市職員の男は、後に危険運転罪などで懲役20年の判決を受けました。高校生だった長男の命を奪われた山本さんが始めた講演会は、1000回を超えました。

「飲酒運転がなかなか減らないんです」(山本美也子さん)

この間、同乗者への罰則が設けられ、アルコール依存症対策などの取り組みも進み、事故はピーク時の7分の1に減っています。ただ、飲酒運転そのものの撲滅にはほど遠い状況です。

あの事故から12年。私たちは、亡くなったきょうだいの祖父に話を聞きました。

「人のことも考え、自分のことだけじゃなく。そしたら少しでも事故は減るし、飲酒運転も減るんじゃないでしょうかね」(亡くなった3人の祖父)

遺族の悲痛な願いをよそに、今なお飲酒運転は全国で繰り返されています。