【現場から、】平成の記憶


2018年12月27日
死刑囚が訴える「裁判員制度」変革

今回は裁判員制度です。制度がスタートして10年、ある死刑囚が変革と検証を訴えています。

平成21年にスタートした裁判員制度。抽選で選ばれた国民が、殺人や放火など重大事件の裁判員となり、裁判官と有罪無罪、刑の重さを判断する制度ですが、この制度の変革を訴える死刑囚がいます。

1980年代に流行したスポーツカー・フェアレディZ。ある誘拐事件の代名詞となりました。1980年に起きた富山・長野連続誘拐殺人事件。富山の女子高校生と長野の女性会社員がフェアレディZに乗せられ、身代金目的で誘拐・殺害されました。警察は、富山市内でギフト会社を経営していた宮崎知子死刑囚と共同経営者の男性を逮捕。赤いフェアレディZが誘拐の道具でした。

世間の注目を集めた初公判。検察側は当初、「誘拐は宮崎、殺害は男性」と主張しましたが、男性の犯行を裏付ける証拠はなく、5年後に「宮崎の単独犯行で男性は共謀のみ」と冒頭陳述を変更。富山地裁は、男性について無罪を言い渡しました。宮崎死刑囚は「主犯は男性」だと最高裁まで争いましたが、平成10年に死刑判決が確定。72歳となった今も、裁判のやり直しを求めて、4度目の再審請求をしています。

当時、男性を弁護し、宮崎死刑囚と手紙をやりとりする弁護士は…

「宮崎知子は死刑執行されることを恐れて行動、あるいは私に手紙を出しているわけではありません。納得のいく死刑判決を受けて、納得のいく処刑を受けられないから、不満であると」(黒田勇弁護士)

そんな宮崎死刑囚から今年11月、届いた手紙に書かれていたのは…

「裁判員裁判はもう制度として破綻していると思います」(宮崎死刑囚からの手紙)

裁判員制度は、迅速化やわかりやすさを目指して始まりましたが、初公判から判決までの期間は長期化する傾向にあり、平成21年は平均3.7日でしたが、今年は10.5日に。審理の長期化に伴い、裁判員候補者の辞退率も67%と過去最高を記録しました。

この現状に宮崎死刑囚は、「一般市民に量刑を決めさせることに無理がある」と負担の大きさを指摘し、アメリカの陪審員制度のように有罪か無罪かのみを決めるべきとしています。また、裁判員が被告の心情を理解するには、被告と横並びの位置に座るべきだと訴えています。

「10年経ったわけですから裁判員制度は、建設的な意見を戦わすのは一番いいと思います」(黒田勇弁護士)

19年近い裁判を経験した宮崎死刑囚。獄中から、裁判員制度の検証と変革を訴えています。