【現場から、】平成の記憶


2018年12月25日
平成最悪の“通り魔” ~捜査幹部初証言

今回は平成最悪の通り魔事件、秋葉原連続殺傷事件です。逮捕された男の不可解な言動とは。警視庁の元幹部がカメラの前で初めて証言しました。

警視庁の秋葉原交番に勤務していた荻野尚警部補は、あの日、通行人にナイフを突き立てながら走る男を、路地に追い詰めます。

「警棒で威嚇しながら拳銃を出したという感じです」(荻野尚警部補)

2008年6月8日。日曜日の東京・秋葉原で男が、歩行者天国にトラックで突っ込み、人をはねた上、ナイフで次々と刺し、7人が死亡、10人が重軽傷を負いました。荻野さんは、この男、元派遣社員の加藤智大死刑囚を取り押さえました。素直にナイフを捨て、無表情だったといいます。

「加藤は崩れるようにここに座りかけたという感じ。最後はゲームオーバーという感覚に見えましたけどね」(荻野尚警部補)

「本当に遺族の人たちに向き合うことができたかどうか、それは今でも本当に自問自答しています」(元警視庁捜査一課理事官 石川輝行氏)

当時の捜査一課管理官、石川輝行氏。加藤死刑囚の取調室での様子を初めて語りました。

「他の殺人事件のホシ(犯人)と比べて淡々としていた」(元警視庁捜査一課理事官 石川輝行氏)

事件の凄惨さと淡々とした様子とのギャップ。周辺を捜査すると、異様とも言える日常が見えてきたと言います。

「歩いている時も食事する時も、まずは携帯を横に置いて年がら年中やっていた」(元警視庁捜査一課理事官 石川輝行氏)

Q.(加藤死刑囚にとって)ネットや掲示板とは?
「それはもう、命の次に大事な物ですよ」(元警視庁捜査一課理事官 石川輝行氏)

加藤死刑囚がネットの掲示板に書き込んだ文章を紙に印刷して重ねると1メートルもの厚さになったといいます。加藤死刑囚は、動機を、こう供述しました。

「俺を無視したネットのやつらに俺の存在を認めさせてやりたかった」(加藤死刑囚)

「バーチャル世界というんですかね、それに完全に陥ったんじゃないか。彼自身はバーチャルの世界と(現実を)同じ質のものだという感覚でいたと思います」(元警視庁捜査一課理事官 石川輝行氏)

当時、脇腹を刺され、生死の境をさまよった湯浅洋さん(65)。事件の1年半後、加藤死刑囚から届いた手紙には被害者の気持ちを次のように想像していると書かれていました。

「私の唯一の居場所であったネット掲示板において、存在を殺されてしまった時に感じたような怒りが、それに近いのではないかと思います」(加藤の手紙)

加藤死刑囚の気持ちが理解できなかったと湯浅さんは言います。

「自分じゃない自分が事件を起こしたような感じで書いている」(湯浅洋さん)

「取り調べを受けている時から『申し訳ない』と思っている自分は、はたして本当の自分なのかという疑念がありました」(加藤の手紙)

平成最悪の通り魔事件。加藤死刑囚はなぜ凶行に及んだのか。湯浅さんが納得できる答えはまだ見つかっていません。