【現場から、】平成の記憶


2018年12月24日
奈良小1女児殺害 捜査の裏側を語る

今回は、奈良県で下校途中の小学1年の女子児童が誘拐され、殺害された平成16年の事件です。当時、捜査の指揮をとった捜査一課長が初めて捜査の裏側を語りました。

14年前の平成16年11月。新聞配達員だった小林薫元死刑囚(当時36)は奈良市で下校途中の小学1年の女子児童を誘拐し、殺害。さらに、女子児童の携帯から母親の携帯に1通のメールを送ります。

「娘はもらった」

メールには遺体の写真が添付されていました。

「遺体が見つかったのは、ちょうど20メートルほど後ろのところです。バツ印がついている側溝で見つかりました」(記者)

女子児童は自宅からおよそ6キロ離れた側溝で、溺死した状態で発見されました。当時、捜査の指揮をとっていた奈良県警の元捜査一課長、葛本英治さん。

「我が子、孫やったらどういう風に思うだろう。本当に早く犯人を捕まえたいと思った」(奈良県警 元捜査一課長 葛本英治さん)

連れ去られた現場付近で目撃されたマーチの車が怪しいなどと報道されるなか、警察がマークしていたのはカローラIIでした。

(事件当日の防犯カメラなどに)
「(カローラIIが)通学路のところで低速度で走行したり、Uターンしたりしていたので、ちょっとおかしいなと」(奈良県警 元捜査一課長 葛本英治さん)

発覚からおよそ1か月、事件は急展開を見せます。

「今度は妹をもらう」

被害者の母親宛にメールが送られてきます。そして、小林元死刑囚がこのメールを自身の携帯電話に転送したことを捜査本部がつかみ、任意同行を決断します。しかし、当日の朝に思わぬ出来事が…。12月30日の毎日新聞のスクープ記事。小林元死刑囚が配達する新聞でした。

「わかった時の心境は、心臓が止まったと思いましたね」(奈良県警 元捜査一課長 葛本英治さん)

Q.その時には本人は配っていた?
「(小林元死刑囚は)配っている最中です。だから私は逃げたと思ったわけです」(奈良県警 元捜査一課長 葛本英治さん)

緊急配備をしきましたが、小林元死刑囚は普段と同じように配達を終え、販売所に帰ってきます。

「新聞を配っているのに帰ってくること自体、天は私たちを味方してくれた。(小林元死刑囚は)まだ自分の身に関わっていないという感じだったみたいです」(奈良県警 元捜査一課長 葛本英治さん)

この事件がきっかけで、性犯罪者の再犯を防ぐため出所者情報の提供制度が始まりました。葛本さんは退官後、地域の防犯パトロールを始めました。地域の見回りの大切さを痛感したからです。

「二度とこのような事件を起こしてはいけない。起こさせてはならない。地域ぐるみで見守っていこうと。地域で犯罪をなくす、または、なくさねばならない」(奈良県警 元捜査一課長 葛本英治さん)

「平成の記憶」取材後記

「二度とあんな悲惨な事件を起こしてはいけない」

取材中に葛本さんの口から何度も語られた言葉です。

この事件は、刑事一筋の葛本さんにとっても忘れられない事件でした。捜査員の家族からも「早く捕まえてあげてほしい」と言われる異例の状況だったそうです。

葛本さんも任意同行までの3日間は寝ていなかったと言います。そんな中でのまさかのスクープ記事。犯人が戻ってきた時は、懸命の捜査への報いと感じたそうです。

事件を機に、葛本さんは地域で防犯パトロールを行ってもらえるように奔走しました。再び同じような事件を起こさないためにも、我々も伝え続けることが必要だと思います。

記者:柳瀬良太

毎日放送
大阪府警担当 サブキャップ
二課・四課担当