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トランプ政権を揺るがすロシアスパイ、その手口を暴く(第4回)

トランプ政権を揺るがすロシアスパイ、その手口を暴く(第4回)

 豊洲駅前の暗闇でロシア大使館員にもらった現金を数えていた水谷俊夫。その様子は警視庁公安部外事一課のスパイハンターたちに目撃されていた。水谷は迫り来る捜査の手にまるで気づいていなかった。

 合計4人のロシア大使館員と8年間にわたってつきあった。金を受け取り続け、職場から資料を持ち出して提供した。ロシア人との関係は、もはや抜き差しならぬものとなっていた。水谷は金の奴隷となり、思考能力を失っていた。

 外事一課は公安部内では「ソトイチ」と呼ばれる。第四係には精鋭が集められており、オモテ班とウラ班に分かれている。オモテの任務はロシアスパイの行動確認。ウラはスパイとそのエージェント(協力者)の秘密接触を暴き、摘発することを任務とする。

 水谷を追っていたのはOキャップが率いるスパイハンターたちだ。彼らは尾行対象の動作をすべて秘撮し、会話を秘聴する。宴会のサラリーマン、デート中のカップル、駅前のホームレス、レストランの店員を装いながら狙った獲物を追い続ける。

 「これからは会食を日曜日にしましょうと言われたときにおかしいと思うべきでした。ベラノフは、あのときすでに外事一課の動きに気づいていて、日曜日なら尾行が手薄になると判断していたのだと思います。何も知らずに脳天気だったのは私だけでした」

 水谷は唇を噛む。

 そして、運命の日が訪れた。その日、水谷は都内の家を出て、待ち合わせの川崎に向かった。これまでは東京都内のレストランを利用していたのだが、この日ははじめて多摩川の向こう、神奈川県の店を指定された。

 なぜ、川崎なのだろう。胸騒ぎを覚えながら電車に揺られた。

 この日、ソトイチの尾行チームは、川崎の接触場所を把握していた。前回の会食で水谷とベラノフが口頭で交わした約束の場所を、なぜ、彼らが把握できたのかは分からない。ソトイチの精鋭が側で聞き耳を立てていたのか、高性能集音マイクで会話を拾っていたのかのいずれかだろう。

 ソトイチは同じ捜査員が尾行することはしない。行動を先読みして、待ち伏せした捜査員が尾行を開始する。これをリレーのように繰り返すのだ。

 しかしこの日、ちょっとしたハプニングがあった。水谷が川崎駅に向かう最短コースに捜査員を配置していた。ソトイチは水谷が、武蔵小杉経由のJR南武線で川崎駅に向かうと読んでいたのだが、東急池上線を使って蒲田駅経由で向かうという想定外のコースをとった。このため、自宅から背後につけた捜査員が川崎まで追うことになった。

 同じ捜査員が背後をつければ、気づかれる可能性がある。だが水谷は尾行されていることなど、夢にも思わなかった。

 ベラノフとの待ち合わせは、JR川崎駅から地下街を5分ほど歩いたところにある、京急川崎駅近くの新しい商業ビルだった。五階レストランフロアにある焼き肉店。平均予算一人4000円程度の店だ。

 水谷はエスカレーターで五階に昇り、10メートルほど歩いたところにある店に入ろうとしたときだった。目の前に、三冊の警察手帳が飛び込んできた。立ちはだかる男たち。その中に見覚えのある顔があった。

 「ああ、Sさん・・・」

 顔見知りのSは、以前、内閣情報調査室に出向してきていた元公安警察官だった。この時点でも、水谷は自分に危機が迫っていることに気づいていない。

 「警視庁公安部です。君はここに何をしに来たんだ?」

 先頭の年配の男が言った。

 「待ち合わせがあって・・・」

 「彼はここには来ないよ。もう帰国したからね。話を聞きたいから一緒に来なさい」

 身体捜検を受け、鞄を開けられた。中には、海外ニュースの分析レポートや、内閣情報調査室研究部で有識者から意見聴取をしたときの議事録が入っていた。これは公文書扱いのものだ。持っていた紙袋も開けられた。ベラノフにプレゼントしようと思って持ってきたインスタントコーヒーのセットだった。ロシア人たちは何故か、このインスタントコーヒーを好んだからだ。

 この時点で、水谷の頭の中は真っ白になっていた。足下がふらつき、卒倒しそうになった。捜査員に抱えられるように、エレベーターを降りたとき、無数のフラッシュがたかれた。

 「これはマスコミなのか?それとも捜査員なのか・・・」

 もう訳が分からなかった。

 捜査車両に乗せられたとき、捜査責任者のOキャップがこう凄んだ。

 「警視庁公安部外事一課を舐めるんじゃない。我々は君のことはすべて分かっている。君も責任のある立場なのだからきちんと真実を説明してもらうからな」

 「私は個人と個人の付き合いをしていました」

 水谷は、リモノフが言っていた台詞で抗弁した。

 「ふざけるな!」

 Oに一喝された。

 内閣情報調査室で机を並べていたSがこう言った。

 「あんたが国を売るような真似をするとは思わなかったよ。俺は残念でならない」

 水谷は高血圧持ちだ。売国奴のように言われて腹が立ち、激しい頭痛を覚えた。ポケットから薬を取り出して、口に運んだ。

 「何をするんだ!」

 捜査員たちが水谷の体を押さえた。毒薬を飲んで自殺すると思ったのだ。しかし、水谷が飲んだのは血圧の安定剤だった。

 水谷は取り調べの最中に、ベラノフがGRUロシア軍参謀本部情報総局の諜報員で、3日前に帰国していたことを知らされ、愕然とする。危機を察して、任期前に緊急帰国してしまったのだ。水谷に何も知らせることなく。

 水谷は、収賄や国家公務員法違反で書類送検され、起訴はされなかったものの、懲戒免職となった。

 懲戒免職処分の説明書にはこう書かれている。

 <被処分者は数年前から現在に至るまで、外国政府機関職員と不適切な交際を続け、明らかになっただけでも8回にわたり、計82万円を収受するとともに、飲食の費用を相手方に払わせていた・・・。公務員倫理に違反するとともに、刑法上の収賄罪を構成する疑いがあり、上司の職務上の命令に違反するなど、内閣官房の官職に対する信用を著しく失墜させる行為である>

 以下は筆者と水谷のやりとりである。一部を記載しておく。

 竹内:結局、ロシアスパイからいくら受け取ったのですか?

 水谷:2ヶ月に1回のペースでロシア大使館員たちと会っていました。詳細については帳簿はつけていませんでしたが、400万円くらいは受け取ったと思います。それにプラスして、飲食代の提供を受け、商品券や、様々なプレゼントももらいました。もらったお金は使い果たしてしまおうと決めていて、飲み代に消えていました。使っているうちに、自分の小遣いの枠が大きくなったような気がして、それが普通になってしまいました。2ヶ月20万円もらえば、小遣いの枠が2ヶ月10万円広がる。そうなると圧縮するのが難しくなるのです。それがライフスタイルになってしまったんです。

 竹内:お金の対価として機密文書を渡さなきゃ、と思ったのですか?

 水谷:5万円を受け取ったら、5万円に相当する分は返したいという気持ち、いや、5万円もらって知らん顔しておけばいい。そんな二つの気持ちが頭の中で交錯していました。これが相手の作戦だったのかもしれません。

 竹内:本当にスパイだと気づかなかった?

 水谷:私は中国の専門家で、中国のスパイが大使館や国営報道機関の支局にいることは知っていました。恥ずかしいことに、ロシアに関してはそういう認識はなかったのです。いや、そういう意識を遠ざけようとしていたのかもしれません。

 竹内:なぜ、リモノフは帰国してしまったのでしょうか?

 水谷:私と接触することが日本の当局にバレた。それをベラノフ側が察知したということです。捜査情報が漏れたと言うことです。そのルートについては、私は誰からも聞いていません。

 水谷の最後の言葉に関して、気になる情報がある。警視庁公安部外事一課がロシアのスパイを摘発しようとすると、着手直前、スパイたちが緊急帰国してしまうケースが相次いでいるのだ。

 捜査員の一人は筆者にこう語る。

 「警察内部にもロシア側に捜査情報を流している人物がいるのではないか。そうでなければ、極秘にしている強制捜査を事前に察知できるわけがない」

(終わり)

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