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TBS NEWS

2019年5月25日

ベネズエラ クーデター未遂の裏側で ~繰り広げられた情報戦~【3】

[ 萩原豊 TBSニューヨーク支局長 ]

■“マドゥロ支持”背景に何が?

 悪者に立ち向かう若き青年。古今東西、こうした物語に人は心を惹かれる。メディアも飛びつきやすい。ただ、政治家が物語を利用するとき、その先が危ういことは、数々の歴史が証明している。

 ベネズエラに入る前、ごく簡単な仮説を立てていた。破綻しつつある経済に苦しむ人々。甚だしい人権侵害に、独裁的な強権政治。国民のほとんどが現政権に憤っており、大統領の権力崩壊も時間の問題となっているー。

 だが、現実は、常に想像よりも複雑だ。

 確かに、経済は危機状態にあると言っていい。ハイパーインフレーションがベネズエラ経済を襲っている。世界銀行によると、去年137万%のインフレ率を記録、今年は1000万%とも予測している。少々わかりにくいが、日本の円で例えれば、例えば100円のジュースが、1000万円になることを意味する。

 今のベネズエラは、かつてのジンバブエの破綻を上回るとの指摘もある。2010年にジンバブエを取材した経験があるが、当時、すでに現地通貨は使われなくなっており、段ボールに詰め込まれた札束を、人々が「紙くずだ」と語る姿があった。ベネズエラは、現在進行形のハイパーインフレーション。通貨の価値はどの程度あるのかを確認するために、100ドル札=1万円1000円を、ベネズエラ通貨のボリバルに交換しようとした。ハイパーインフレを映像で表現するためにも、どうしても必要だ。

 だが、銀行のATMでは、1日に約3ドル分しか現金を下ろせない規制がかかっているほど、通貨の流通が制限されているという。現地関係者の交渉によって、ある闇の両替商との会うことができた。指定された場所は、カラカスでも治安が悪いとされる商店街。その一角にある食堂に入った。9時の開店直後で、客は1人もいない。そこに、両替商は、大きなプラスチックのレジ袋を2つ持って現れた。彼は、その中から、大量の現金をおもむろに取り出した。

 100ドルは、闇レートで570万ボリバル。実は、去年8月に、通貨を5桁、10万分の1に切り下げるデノミネーションが実施されている。それでも、こうした事態になっているのだ。現金に対する信頼は損なわれ、皮肉にも、日本が最近目指している「キャッシュレス社会」が進んでおり、銀行カードや指紋での決済システムが普及していた。

 「現金への信用は全くないですよ。もうこの国の財政は壊れてしまっているよ」(男性客)

 「どれかが高いのではなく、全てが高いんです。全く値段は下がらず、上がる一方ですよ」(女性客)

 ベネズエラの貧困率は90%に上ったとの指摘もある。カラカス市内の貧困層が多いとされる地区を訪ねた。公営住宅と言った趣の、かなり古い集合住宅が、傾斜面に立ち並んでいた。住宅を囲む壁には、治安の悪い地域特有の、太い有刺鉄線が目立つ。

 訪ねたのは、ルーゴさん8人家族。夕飯の準備をする母親のアラセリスさん(56歳)は、この日も食材に困っていた。

 「もう牛肉はほとんど食べていません。鶏肉は少しだけ買うくらいかしら、お肉は」

 以前は、毎日のように食べていた肉料理を、今は、月に1度も食べられないと嘆いた。父親オスカーさん(62歳)が、冷蔵庫の中の食材を見せてくれる。

 「これは、パスタですね。きのう作りましたが、数日おいても食べられます」

 冷蔵庫には、作り置きの保存食以外、ほとんど食材がなかった。

 アフリカにおける「貧困」も取材した経験もある。だが、その「絶対的な貧困」とは質が違う。8人家族には、決して大きくない住宅だが、大型の冷蔵庫もある。テレビ、パソコンもある。かつて、それなりの暮らしをしていた家族が、肉や魚の基本的な食材を、ほとんど手に入れることができないという貧しさは、これもまた極めて深刻だ。

 原因は、やはりハイパーインフレーション。家族の主な収入源は、市役所と図書館で公務員として働く2人の娘である。2人ともシングルマザーだ。月収は、合わせて6万4000ボリバル。日本円で約1350円に過ぎない。娘のイザベルさん(35歳)は諦めているような表情で話す。

 「商店で売られているものが、どんどん高くなっています。食べ物が、米ドルで売られています。給料は現地通貨なので、米ドルで売られているものなんて買えませんよ」

 もちろん、現地通貨ボリバルで売られているものもある。だが、たとえボリバルで店頭表示されていても、現金への信頼が失われたいま、米ドルでしか受け取らない店も増えているのだという。

 公務員2人が家計を支える家族が、貧困状態にあるという現実。明らかに、マドゥロ大統領の〝失政〟が大きな要因であることは間違いない。

 だが、ここが重要なポイントなのだが、父親のオスカーさんは、経済悪化の主たる要因が、アメリカによる経済制裁にあると考えている。特に、今年になって、アメリカ政府は、ベネズエラの国営石油会社を経済制裁の対象に指定。経済の生命線とも言える石油産業に打撃を与えている。だからこそ、アメリカの支持を受けるグアイド氏について、父親のオスカーさんは、こう話した。

 「彼は、アメリカの言いなりです。アメリカは目的を実現するために、グアイドを持ち上げ、現政権を妨害しているかのように見えます」

 アメリカの“操り人形”。

 マドゥロ支持者が持つグアイド氏のイメージだ。なぜ、アメリカが、これほど介入を続けるのか。現地ジャーナリスト、カマカロ氏は解説する。

 「アメリカの狙いは、天然資源ですよ」

 ベネズエラは、石油の確認埋蔵量が世界1位、天然ガス埋蔵量も世界8位と世界有数の資源大国である。

 「マドゥロ政権を崩壊させて、親米政権を作り、ベネズエラの資源を支配しようとしています。今は締め出されていますが、アメリカの石油関連企業を進出させたいのです。そのために、マドゥロ大統領を批判し、厳しい経済制裁を課し、さらに、経済状況を悪化させ、クーデターを支援しました」

 マドゥロ大統領は、アメリカが一連のクーデターを直接指揮した、と明言した。その真偽は不明だが、ペンス副大統領、ボルトン大統領補佐官らの発言など、アメリカによる積極的な〝介入〟は、ベネズエラにおいて、さらに反米思想を強める可能性がある。 さらに、一家には、貧困層への施策が厚かった、チャベス前大統領の記憶がある。壁には、チャベス氏の人形が飾られ、パソコンの壁紙も前大統領の写真だった。

 「チャベス大統領は、本当に素晴らしいリーダーでした。マドゥロ大統領は、国を作ってきたチャベス氏の後継者ですので、いつも支持しています」(母親)

 この一家が住む高層住宅も、チャベス氏が貧困層に向けて整備したものだった。チャベス氏が残した大きな遺産。実は、マドゥロ大統領の集会で驚いたのは、チャベス氏の名前が、繰り返し連呼されたことだった。

 「チャベスの後継者は誰だ?」「マドゥロだ!」

 「チャベス、チャベス、チャベス…」

 そして、マドゥロ大統領までも、チャベス氏を賞賛する演説をした。例えば北朝鮮のような世襲制であれば理解しやすい。だが、チャベス氏の名前を出さざるを得ないマドゥロ大統領は、チャベス氏の威光で求心力を保っている側面もある。

 “反米とチャベス“この二つが、マドゥロ大統領が、今も貧困層の根強い支持を得ている鍵と言えるだろう。

■今後はどうなる?米中対立の影響も

 今のところ(5月23日)、グアイド氏側が、マドゥロ大統領を退陣に追い込むほど勢いを取り戻している様子は全くない。「米軍に協力を要請する」とまで踏み込んだ発言もして、形勢逆転を狙っているが厳しい状況だ。両者の和解に向けて、ノルウェーが動き出してもいる。

 ベネズエラをめぐっては、国際社会を巻き込んだ対立になっている。アメリカ、ドイツなど欧米各国、加えて日本などがグアイド氏を支持する一方、ロシア、中国などがマドゥロ大統領を支持する。(日本は、グアイド氏支持を河野外相が明言したが、アメリカとは政権への向き合い方が少々異なる。アメリカは、現地から大使館員を帰国させているが、日本の在ベネズエラ大使館では、日本から派遣された外交官が今も業務を続ける。)

 特に、中国の接近ぶりは際立っている。70トンもの医療支援物資をベネズエラに輸送した、米国系の金融機関で、多くのベネズエラ企業が決済できなくなっているが、中国系の金融機関が代替する、と報じられるなど、両国は関係を強めている。中国は、いわゆる「一帯一路」の経済圏を南米まで広げようと外交を展開しており、ブラジルやチリ、ボリビアなど資源、食糧が豊かな国々とも関係を深めている。現在、激しさを増している米中貿易摩擦は、むしろ、中国への輸出量を伸ばしたい南米との結びつきを強める結果となっている。

 米・中の二大経済大国が、「2人の大統領」それぞれの側を支援する構図のなかで、対立のバランスは、どこから、どう崩れていくのか、それとも架け橋が生まれるか、注視していく必要がある。

萩原豊

萩原豊(TBSニューヨーク支局長)

社会部、「報道特集」「筑紫哲也NEWS23」、ロンドン支局長、「NEWS23クロス」、社会部デスク、「NEWS23」番組プロデューサー・編集長、外信部デスクなどを経て現職。40か国以上を取材。