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TBS NEWS

2019年5月25日

ベネズエラ クーデター未遂の裏側で ~繰り広げられた情報戦~ 【1】

[ 萩原豊 TBSニューヨーク支局長 ]

 「空気が変わる」とは、こういうことなのか。その朝、全ての取材予定をキャンセルして、ホテルのロビーで出発に備えていた。

 私たちは2日前に、ベネズエラの首都カラカスに入っていた。〝独裁者の国家〟〝経済破綻〟〝世界で最も危険な都市〟…。様々な形容が並ぶ国、都市だが、到着当初、少なくとも中心部では、人々が通勤し、買い物をするという日常の光景が広がっていた。

 その日常を変えたのは、4月30日早朝、ツイッターに投稿された一つのビデオだった。

 「権力の不当な侵害の終焉が始まった」

 映像には暫定大統領への就任を宣言していたグアイド国会議長が、軍人とともに登場した。自宅軟禁中だった有力野党指導者レオポルド・ロペス氏とともに、空軍基地に「入った」としたうえで、「勇敢な兵士たちが我々の呼びかけに答えた」と、軍と国民に対し蜂起を促したのだ。

 ホテルの外には、国旗を手にした人々が次々と姿を現した。私たちも、グアイド氏が国民に集まるよう呼びかけた空軍基地に向かう。近づくにつれ、人の数は増えていった。空軍基地が先に見える歩道橋にたどり着く。手前には、数百人の人々が「自由を」「マドゥロは辞めろ」と叫びながら行進していた。

 状況を見守っていると、空軍基地の側から、多くの人々が、こちらに向かって逆走してくる。いったい何が起きているのか?

 すると、突然、目が痛くなってきた。涙が出てくる。明らかに、催涙ガスだ。10年ほど前だが、私は、「アラブの春」を取材中、エジプトのカイロで、催涙ガスを浴びた経験がある。そのときの記憶が蘇った。前方では白い煙のようなものが漂う。駆け寄ってくる人々は国旗やタオルで口を覆っている。路上では、タイヤが燃やされ、今度は、黒々とした煙が立ち上った。さらに、催涙弾が、至近の路上に着弾。このままでは、目や喉を酷くやられる。安全管理のため、撮影時の同行を頼んでいたボディーガードが危険と判断し、一旦、その場を離れた。

 この動きに対抗して、マドゥロ大統領支持者が、大統領府周辺で支持する集会を開いているとの情報が入った。大統領府に向かう途中、TBSニューヨーク支局から連絡が入った。カラカス市内の通信状況は極めて悪く、ようやくつながったようだった。同僚記者が電話口で、少々興奮気味に語った。

 「大丈夫ですか?こちらではクーデターが起きたと報じられています。応援は必要ありますか?」。

 この時、米メディアは、一斉に、「ベネズエラでクーデターか」と報じていた。さらにグアイド氏のビデオ声明に呼応して、ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障担当)が、蜂起を支持する声明を発表。欧米メディアに接していれば、事態は急展開するか、と見えただろう。

 だが、現場の私は少々異なった見方をしていた。まず、現地ジャーナリストは「ビデオに映っている軍人の数が少ない」「本当に空軍基地の中なのか疑問だ」などとビデオの内容に疑義を呈していた。また軍のトップが「軍は日常である」と、こちらもまた、ツイッターで発信していた。もちろん軍の幹部は、実際に異変があろうとも平常を装うだろう。だが、空軍基地に向かっていたグアイド氏支持者たちが、軍によって追い返されていた。もし空軍がグアイド氏側に寝返っていたら迎え入れていた公算が強い。中心部に、目立った軍の動きも、その段階では見られなかった。大統領府周辺には、グアイド側よりも多いとみられる支持者が集まっていた。ただ、まだ予断を許す状況にはなかった。

 反政権側の状況を確認するために、再び、空軍基地近くに戻ろうと考えた。すると、この数時間でカラカスの街は変貌していた。幹線道路や高速道路には、車両がほとんど走っていない。警察が完全にコントロールを始めていたのだ。検問で取材許可書の提示を繰り返し、空軍基地近くにたどり着く。

 途中から徒歩で向かうが、ここでもまた、多くの人々が、口を押さえながら逆走して向かってきた。それでも近づくと、やはり催涙ガスの白い煙が辺りを漂っていた。すると、何発か発砲音が鳴なった。路上に落ちる催涙弾。まるで鼠花火のように、白煙を上げながら転がる。目から涙が止まらない。走りながら、テレビカメラに向かってレポートをするが、今度は、喉に痛みが走る。途中、パンパンと銃声のような乾いた音がした。これは、その後わかったのだが、デモ隊威嚇のための発砲だった。宿泊先のホテルで銃弾が見つかった。

■クーデター自体は不発…続いた情報戦

 軍の蜂起はどうなるのか? 全てではなくとも、半数、あるいは大きな部隊が反政権側についたら事態は大きく展開する。だが、この段階では、軍の蜂起は、ごく一部に留まった模様だった。

 ところが、アメリカはさらに、いわば〝情報戦〟を仕掛ける。ポンペオ国務長官は、米CNNに対し「マドゥロ氏は滑走路に飛行機を用意していた。今朝、国を離れようとしていたと把握している。だが、ロシアがマドゥロ氏にとどまるべきだと伝えた」と説明したのだ。

 この報は、ベネズエラ国内でも入手可能だった。大統領が逃亡の準備をしていた、という情報は、事実なら重大な意味を持つ。軍の動きに、何らかの影響を与える可能性もあった。この後、CNNのオンエアは国内で遮断された。

 夕方になると、繁華街の様子も一変した。これまで賑わっていたレストランや商店が、一斉にシャッターを閉めたのだ。長い銃を片手に持った警察官がバイクで列をなしていた。きのうまでは、多くの人で賑わっていた商店街から人影がなくなった。地元関係者によれば、クーデターが起きるとの情報が広がり、混乱が起きると考えた人々が早めに帰宅したという。なかには、「アメリカが空爆する」という噂もあったようだ。

 「私たちは最終段階に入ります」

 夜になって、クーデターが不発でも、グアイド氏は、ツイッターを駆使して、さらに国民に行動を呼びかけた。投稿した動画では、まるで自分が軍を掌握しているかのような表現まで使っていた。現地ジャーナリストは「フェイクニュースで情報操作をするのは、アメリカの政権幹部と同じやり方だ」と憤っていた。

 翌日は、5月1日、メーデー。もともと、ここで、グアイド氏は、「国家史上最大のデモ」を呼びかけていた。マドゥロ大統領も、支持者にデモ行進を呼びかけた。デモの展開次第では、大規模な衝突も起きる可能性がある。私たちの宿泊先は、展開次第で、軍や警察に封鎖されて取材ができなくなると指摘され、急遽、別のホテルに移った。その夜、首都カラカスは、緊張に包まれていた。

ベネズエラ クーデター未遂の裏側で ~繰り広げられた情報戦~【2】⇒
■ 双方が大規模デモも…マドゥロ大統領支持の根強さ

萩原豊

萩原豊(TBSニューヨーク支局長)

社会部、「報道特集」「筑紫哲也NEWS23」、ロンドン支局長、「NEWS23クロス」、社会部デスク、「NEWS23」番組プロデューサー・編集長、外信部デスクなどを経て現職。40か国以上を取材。