2019年5月22日
[ TBS政治部記者 室井祐作 ]
にわかにいま永田町では夏の参議院選挙にあわせて、安倍総理が衆議院も解散し、衆参ダブル選挙に持ち込むのではないかという憶測が飛び交っている。その憶測の発端となったのは自民党・萩生田光一幹事長代行のインターネット番組での発言だ。
「今までやっぱり、やらざるを得ない、やりますと言いつづけた前提は、景気が非常に回復傾向にあってだったんだが、ここに来て日銀短観含めてちょっとと落ちてますよね。だから次の6月はよくみなければいけないと思う。(中略)せっかく景気回復ここまでしてきたのに万が一腰折れしてまたやりなおしになったら、何のための増税かとなるので、ここはちょっとよく与党としてよく見ながら対応していきたい。(中略)6月の数字をよく見て、これはまた本当にこの先危ないぞというところが見えてきたら、崖に向かってみんなを連れていくわけにはいかないので、そこはまた違う展開はあると思う。(中略)やめるとなればね、国民の皆さんの了解を得なければならないから、信を問うという事になりますよね」(4月18日インターネット番組にて)
私はこの発言を聞いたとき、珍しく踏み込んだなという印象をもった。官房副長官時代から萩生田氏を取材しているが、講演や街頭演説など、終始安定していて定評があった。ここまで踏み込むことは珍しい。しっかり発信する意図を持って発言していると思った。
発言の翌日、萩生田氏は発言の真意について、次のように説明した。
「万万が一にも、景気の腰折れのないように、景気の失速のないように、国民に負担をする以上は、きちっとした政策を総合的に対応していく必要があるので、『小さな足元の数字だ』と言って見落とすことがないように、聞き漏らした声がないか、見落とした現象がないか、全国の仲間としっかりその声を聞いていく姿勢を示した、そのことを申し上げたかった」(4月19日)
少し補足すると、萩生田氏は消費税をあげることに異論を唱えているのではない。しかし彼としては財務省や専門家が、景気動向指数やGDP速報値、日銀短観など、この直近で発表される数字を、「小さな足元の数字」といって軽視し、増税を規定路線としながら原因究明や対策を怠っていることをかねてより危惧をしていた。つまり財務省への“引き締め”効果をねらったものだった。
さらに「信を問う」という発言については、衆議院選挙を念頭においているわけではなかったものの、選挙で民意を問う必要性を言うことで、こちらも党内への“引き締め”効果を狙った。
確かに、萩生田氏はかつて官房副長官時代にも、自民党の若手に向けた選挙塾でも「皆さんの活動状況次第では候補者を差し替えるのが総理の意向だ」と述べたことがあり、若手議員たちを慄かせたことがあったほどで、時折、党内の引き締めを図るような発言をしている。事実、いまでは他派閥の若手議員に対して選挙の指導に当たっているほどだ。
ただ、ひとつ萩生田氏の誤算だったのは、党内よりも野党側が大きく反応してしまったことだ。萩生田氏は「政治家として私個人の見解を申し上げたのみだ」と釈明したが、野党側は一斉に「額面どおり受け取れない」と反発した。
その結果、選挙に向けた野党共闘について、そのリーダーシップに苦慮していた野党第一党の立憲民主党・枝野幸男代表は、萩生田氏の発言をきっかけに、野党党首会談を呼びかけ、参議院の1人区だけではなく、衆議院でも野党候補者の1本化にむけた調整に乗り出した。
ここまで反響が大きいとは萩生田氏自身が驚いたことであろう。別のインターネット番組でも「総理と打ち合わせをした発言ではない」と再三強調するが、やはりその発言が看過できないと、野党もそして我々もそう受け取るのは、萩生田氏と安倍総理の「近さ」にある。
両者の関係性について、少し触れる。
萩生田氏によると、安倍総理の出会いは、20年以上前にさかのぼる。萩生田氏が、八王子市議時代、地元・中央大学の学生だった蓮池薫さんが北朝鮮に拉致された問題について国に意見書を提出した際、当時親身に対応してくれたのが安倍氏だった。そして安倍総理が幹事長時代、萩生田氏に国政進出を薦めた。両者は「拉致問題の解決」という点において、長年信頼関係を築き上げてきた。
直近の人事でも萩生田氏は、総裁特別補佐、官房副長官、そして現在は幹事長代行として、常に総理のそばにいて、いま官邸と党本部の実質的なパイプ役となっているといっても過言ではない。
そんな両者の関係性がわかっているからこそ、メディアも野党も反応した。総理の意向を汲み取って発言したとみるほうが自然だろう。
萩生田氏は、その後も、「足元の小さな数字」をつぶさにみて対策を講じる必要性を強調するも、「万が一、消費税延期の場合は国民に了解をえるアクションは必要」と言い方は変えても、同趣旨の発言を繰り返しているため、依然として衆議院解散の憶測は、燻り続けている。
萩生田発言の真相とくすぶる衆参ダブル選挙の憶測【2】⇒
■ 衆参ダブル選挙がささやかれるもうひとつの背景
■ 依然として整わぬ野党
室井祐作(TBS政治部記者)
政治部・与党キャップ。2004年入社。映像取材部、外信部、バンコク特派員を経て政治部へ。これまで官邸クラブ、自民党クラブ、野党キャップを担当。特派員時代はアジアを中心に27か国を取材。