NEWSの深層

TBS NEWS

2019年5月9日

平成最後の政党合併、野党結集に次の一手はあるのか ~国由合併の舞台裏

[ TBS政治部記者 室井祐作 ]

 4月25日深夜。この日、国民民主党の党本部は異様な空気に包まれていた。5Fのホールから報道陣は排除され、狭いスペースに30人以上の記者やカメラマンが憔悴しきった状態で“その時”をまっていた。

 国民民主党と自由党の合流が大詰めをむかえていたのである。コンビニのおにぎりとサンドイッチが持ち込まれる。報道陣はとてつもない長丁場を確信し、ため息が漏れた。

 午前1時10分、18時半から始まった国民民主党の両院懇談会は、開始から6時間40分を経て、ようやく終わり、国民民主党と自由党の合流が決まった。合流構想が表にでてから3か月。ようやく決まった。

 記者たちが驚いたのは、その数分後に自由党の小沢一郎代表が党本部に到着。すぐに国民民主党代表・玉木雄一郎氏との党首会談が行われ、合流に関する調印を済ませ、1時50分に記者会見がはじまった。

 小沢氏はこの間、議員会館でずっと待機していたのだった。達成感に溢れる玉木氏の右隣で、小沢氏は苛立ちを通り越して、眠くて仕方がない眼を懸命に開こうとしていた。

 なぜここまで時間を要したのか。「民主党時代の決められない体質」と一蹴することもできるだろう。今回、野党結集の第一歩として、玉木氏から、小沢氏に何度もアプローチをかけた。当時、野党第1党の立憲民主党・枝野幸男代表を口説いた結果、「政党間の合流は一切しない」と断られてしまった小沢氏にとって渡りに船だったかもしれない。小沢氏率いる自由党はわずか、6人。しかも方針は早々に小沢氏に一任された。小沢氏は2009年、かつての旧自由党と民主党が合流する際も、政策や政党名は、全て民主党に譲歩した。このときと同じように小沢氏は国民民主党の要求をすべてのんだ。つまり今回の合流は、常にボールは国民民主党側にあった。

 合流構想が表面化したとき、私は党内でそれを歓迎、期待する声をよく聞いたが、時間が経つにつれて、その雲行きは怪しくなっていった。その原因のひとつは外野からの懸念の声が日に日に増していったことだ。当選回数4回という若さで、代表になった玉木氏は、かつての上司である岡田克也・元民主党代表や野田佳彦・前総理に、「小沢氏と組むことは野党結集にとってマイナス」とさんざん否定的なことを言われ続けた。とはいえ、上司たちは「あとは自分で考えろ」と突き放す。

 ただ私がこの間の玉木氏を見ていても、終始一貫していたように思える。彼の芯にあったのは「この1年誰が何もやらずに、何も変わらなかった。だから自分がやるしかない」という忸怩たる思い、強い信念があった。

 今回の合流で、最大の懸案事項になったのは、参議院選挙の岩手県における候補者調整の問題だった。

 小沢氏の地元の岩手選挙区を巡っては、共産、自由、社民3党の地元組織が、野党統一候補として新人の擁立を決めていたが、同じく岩手が地元の国民民主党の階猛衆院議員が、別の候補者での一本化を求めていた。階議員は、今回の合流に反対する筆頭格であり、この問題の結果次第で階議員が離党に踏み切る可能性もあることから、玉木氏は、小沢氏を介して各党に再度協議の場につくよう要請。共産、自由は当然、小沢氏からの要請を拒否する。それでも玉木氏は小沢氏と再会談の場で、再度小沢氏に調整を要請する。

 両党の合併という一大事であるにもかかわらず、党首会談での懸案になっている問題が、政策や理念ではなく、一選挙区の公認問題とはなんと瑣末な話だろうと思った。

 しかし、ここまでして玉木氏が階氏を守り、こだわったのはいくつか理由があった。ひとつは、「これから野党の大きな塊をつくろうとしているのに誰ひとりの離党者もだしたくない」という強い思いだった。階氏は旧細野グループ(自誓会)の代表で、去年9月に行われた代表選を巡っては、グループの後輩である津村啓介衆院議員を代表選に担ぎ上げ、玉木氏との一騎打ちに敗れはしたものの、津村氏は当時の所属議員61人中、18人の支持を集めた。党内で一定の影響力がある階氏をここで無下に扱うことは、その後、五月雨式に離党者がでる恐れがあった。

 もうひとつは、合流協議の遅れに痺れを切らした小沢氏が「4月末までに結論がでなかったらこの話はなしだ」と強気の姿勢を見せるも、玉木氏は「破談になって一番困るのは小沢さんだ」と周囲に語っていて、心の中では、余裕の構えをみせていたことも大きい。だからこそ、小沢氏や周囲の声に惑わされることなく、離党者を出して求心力低下を招くよりも、党内を丁寧にまとめあげることに専念できたのだった。

 この両院懇談会では、議題のほとんどがこの岩手の公認候補者問題に終始する。出席議員の多くは、階氏をいかに円満に納得させられるかに注力した。その結果、階氏は「共産党が再交渉のテーブルにつくことが条件」というところまで折れた。ところが土壇場になって共産党から、「再交渉はしない」とのメールが党幹部のもとにあり、再度事態は振り出しに戻る。結局、採決をするか、朝まで待つかの決を取り、多数決で合流は決定した。多数決では階氏を含む4人が反対し、階氏は今後の離党も辞さない考えを示した。

 合流決定の記者会見で玉木氏は、こう胸をはる。

 「自民党に代わるもう一つの政権を担いうる国民の選択肢を作るその第一歩だということで、両者の両党の合意が得られたわけであります。特にこの10年、特に野党見ている国民の皆様の目はですね、分断、分散の歴史だったと思います。平成から令和に間もなく変わりますけれども、そうした野党の分断分散の歴史をぜひ、統合と結集の新しい時代にしていきたい」

 加えて玉木氏は「離党者は出ないと思っています」とも語った。これまでの合流に至る協議のプロセスに自信をもっているように見えた。

 しかし他の野党は実に冷ややかだった。

 「立憲民主党はいわゆる離合集散、他党との合併を行わない。そこにエネルギーを注ぐのではなく、野党5党派の意見が大筋で一致している参議院の1人区の一本化、そして衆議院の小選挙区の衆1本化どこまでできるか、といったことについて大きな成果をもたらすための努力を進めていくということが、現実的であるし効果的だと思っています」(立憲民主党・枝野代表)

 「今国民から期待されるのは、政党の合従連衡ではなく、安倍政権に対抗する政策をしっかりと打ち出して、そのために野党が本当に力合わせをしてこれに立ち向かっていくという姿。そういう立場から見て、今この時期に(合流することは)私自身は、あまりそのことによって何かプラス面が出てくるのかなぁと、ちょっと懸念をします」(社民党・又市党首)

 「立憲と国民、第一党と第二党がもっと力を合わせていくというのが全体像じゃないですか。また自分たちの勢力拡大的なことしか考えてないように見えて、全体が動いているときに今そんなことやってる場合なのかというところですよね。一里塚じゃなくて、二里塚があるわけですか。二里塚は我々ですかね?一里塚で止まっちゃうんじゃないですかこれ」(野田前総理)

 今回の合流は野党結集の第一歩だと強調する玉木氏と小沢氏。果たして次の二歩目が本当にあるのだろうか。

 次の焦点は、小沢氏の処遇にうつる。小沢氏はかつて「枝野が動かないなら、国民民主を強くするしかない」と語っていた。国民民主を立憲民主と同じくらいの勢力にすることによって、結集への力学が働くという。

 考えられるのは、社民党と野田前総理率いる衆院会派だ。しかし、社民党・又市党首は国民民主党の国会運営や、参議院選挙の鹿児島と富山の野党統一候補選定を巡り、国民民主の対応に不信感を抱いている。また、野田前総理も「小沢さんや私が前面に出る政局はのぞましくない」として、野党結集そのものに理解を示すが、小沢氏と組むことは毛頭考えていない。

 そうなると、なかなか次の一手はみつからない。玉木氏は、今後、小沢氏に、これまでの選挙手腕、共産党をふくむ幅広い人脈に期待し、選挙に携わる役職を付与する考えを示している。

 かつて小沢氏と行動をともにし、そして袂を分かった現職議員は「まだ小沢氏には神通力は残っていると思う」と警戒感を示し、私にこう解説してくれた。

 「彼は党に入った瞬間にばっと仲間を作っちゃう。すさまじいよ。小沢さんは常に自分が政局の中心にいないと満足できない人だ。政局だけが全てで、政策なんてどうでもいいんだ。岡田君も野田君もみんなそれを見てきたんだ。玉木君はそのへん何も知らないんだよ、実体験としてね」

 いよいよ小沢氏の本領が発揮される。政界50年を渡り歩いた永田町の生き字引は、その剛腕をまた振るうのだろうか。

 本当のスタートはこれからなのである。

室井祐作

室井祐作(TBS政治部記者)

政治部・与党キャップ。2004年入社。映像取材部、外信部、バンコク特派員を経て政治部へ。これまで官邸クラブ、自民党クラブ、野党キャップを担当。特派員時代はアジアを中心に27か国を取材。