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TBS NEWS

2019年4月3日

「三度目の政権交代を」…剛腕小沢にまだ力が残っているか

[ TBS政治部記者 室井祐作 ]

 7時15分、世田谷区・深沢。自由党・小沢一郎代表はこの日も、秘書と一緒に朝の散歩に出かけた。狭心症を発症して以来、もう25年以上続けている日課だ。76歳とは思えない歩みの速さ。すれ違うご近所さんには「おはよう」と愛想よく挨拶をふるう。自由党と国民民主党との合流協議を開始して2か月、今改めて小沢氏の手腕に注目が集まっている。

 小沢氏に、3度目の政権交代を成し遂げる力は残っているのだろうか―。私は野党担当記者になってずっとそのことに関心を寄せていた。かつて「剛腕・壊し屋」として腕を鳴らした時代を知らない私にとって、小沢氏はまさに永田町の生き字引のような存在だ。彼が政治キャリアを賭けて最後にやりたいこととは一体何だろうか。

 今年2月、小沢氏は自身の政治塾で塾生たちに、こう呼びかけた。

 「まだまだ日本は民主主義社会、国家とはいえない。形ばかり。自立した国民で構成された国家になっていない。その認識から、次の時代まもなく御世がはじまるが、この時代に日本人が自覚し、自立し、民主主義を日本に定着しないといけない。議会制民主主義それを本当に定着させないといけない。そういう思いで国政参加して以来のこのときから思い続け主張し続けてきた」(2月11日小沢政治塾)

 平成元年。リクルート事件を端緒に日本の政治は大きく転換する。当時、自民党幹事長だった小沢氏は、政権交代を可能にする二大政党制を日本に定着させるため、小選挙区制導入を主張した。政権交代があることによって、政治に緊張感をもたらし、健全な議会制民主主義が実現できると考えたからだ。(もっとも小沢氏の想定は、保守と保守との二大政党制だったが…)

 こうして小沢氏は、小選挙区制度導入後、平成の間に、細川・連立内閣(1993年)、鳩山・民主党内閣(2009年)と、非自民による政権交代を2度実現する。いま小沢氏は、こうして「議会制民主主義、政権交代、このシステムを日本に定着させないままあの世にはいかない」と、もう一度政権交代への意欲をあらわにしている。

 しかし当時と今と決定的に違う点が3つある。

 1つめは、小沢氏が導入に苦心した小選挙区制がむしろ、この長期にわたる安倍一強政治を作り出してしまった側面がある。選挙における公認権と資金を自民党執行部が握り、官邸、政治主導の人事権により、議員も官僚も“お上”に逆らいづらい構造になった。しかもこれほどまで多党化、弱体化した野党が、現政権の不満の受け皿にならず、さらに小選挙区制度導入以降の国民の政治(=選挙)離れも与党有利に働いた。こうした流れはいまの小沢氏には誤算だったに違いない。

 2つめは、93年の7党1会派の連立政権のときと違い、今回は野党第1党の立憲民主党が野党結集には極めて消極的だという点である。小沢氏は当初、立憲民主党・枝野幸男代表を口説いていた。「枝野君がリーダーシップをとればいつでも野党は結集できるんだから」と。ところが枝野氏は「立憲民主党は独自でやりますから」と断ったため、小沢氏は国民民主党との合流に舵を切ることになる。

 枝野氏の考えは明快だ。「新党ブーム」を牽引した「日本新党」から93年に出馬し初当選した枝野氏は、小沢氏らが主導する政党同志の離合集散を目の当たりにしてきた。こうした経験が、いまの枝野氏に「政党同士が合併すれば政策が曖昧になり何をする政党なのかわからなくなる」という結論に至る。民意に後押しされ自分がこの党をつくったという強烈な自負もあいまって、「野党同志の連携はしても再編はしない」と頑なな主張を貫いている。

 3つめは、小沢氏がかつての権力を失い、さらにその剛腕ゆえに仲間も失ってきたことだ。自民党離党、新生党結党、新進党結党、自由党結党、民主党合流、離党…小沢氏についていく議員はどんどんふるいにかけられ、今は6人の政党だ。かつて小沢氏と行動をともにした岡田克也・元民進党代表や野田佳彦・前総理らは、野党結集のためには、小沢氏とまず組んでしまうことはマイナスだと忌避感を示している。

 小沢氏は、常々、権力こそ必要だと説く。

 「数合わせは何が悪いんだ。民主主義というのは多数決ですから多数派工作は当たり前だ。権力を持たなければ我々の政策を実行できないということは、みんなが認識しないといけない。万年野党でいいというんだったら政治家やめたらいい」(1月30日「BS-TBS 報道1930」)

 政治を動かすには数が必要だということを誰よりも知っているはずの小沢氏は、現在、国民民主党と「最初の」結集をはかろうとしている。代表の玉木雄一郎氏の政治キャリアは10年。父と息子ほどの齢の差がある両者だ。この合流構想に小沢氏は「自分のやりたいことをどうやって実現するかを考えた」と語る。かつて海部俊樹総理を担いだ時に「神輿は軽いほうがいい」と話した(らしい)ことがふと頭をよぎる。

 一方の国民民主党の支持率も1%から一向にあがらない。玉木氏としてもなんとか野党結集を主導し、存在感をアピールしたい。そうした両者の思惑が合致したのだろう。

 小沢氏は国民民主党との合流をする道を選んだ理由を次のように語った。

 「国民(民主党)をもう少し強くする必要がある。人数、政治活動、エネルギッシュに活動的な政党にする。そうすれば支持は上がる。(中略)両方同じぐらいなれば、同じものが2つ争えばだめだよねという思いは必ず出てくる。そういうなかで野党のトータルの野党の結集ができるのではないかな」(1月30日「BS-TBS 報道1930」)

 「立憲と国民を同じ勢力にすることで永田町の力学的に結集がやりやすくなる」と語る小沢氏だが、なかなか想像がつかない。この低支持率の国民民主党をどうやって強く出来るのか。秘策はあるのか、尋ねてみた。

 「どうやって国民民主党を強くするんですか」

 「ドブ板だよ。ドブ板しかないんだ」

 昭和くさい。しかし、逆に私には新鮮な言葉だった。小沢氏は「大衆のなかに入ってはじめて民主主義は成り立つ。だから永田町でごちゃごちゃ屁理屈なんぞは誰かに任せて、みんな地元へ出ろ、地域へでろ」と玉木氏にも指導しているという。

 しかしいまの国民民主党のやっていることは、ドブ板選挙とは程遠い。民進党時代からの資金力を背景に、テレビCMに、玉木氏による動画配信、大型宣伝カー、玉木グッズなどまさに金に糸目をつけない展開だ。これが昭和の政治家と平成の政治家の対照的な選挙のやり方かと思うと興味深い。

 そんな国民民主との合流ですら、今は暗雲が漂っている。最初は期待の声が多く聞こえてきたが、時間がたつに連れて党内外から疑問視する声が聞こえてくる。玉木氏は丁寧に合流を進めようと心を砕くが、小沢氏は「決められない民主党は変わっていないな」と苛立ちを深めている。

 まもなく平成が終わろうとしている。平成がはじまった夏、小沢氏は戦後最年少で自民党幹事長の座にのぼった。そして次の時代も、小沢氏に舞台は用意されているのか。その状況は相当厳しいのだろうと思うのだが、しかしその疑念を払拭するかのように、私に力強く語りかけた。

 「もう一度政権交代しないとな!三度目の正直だ」

室井祐作

室井祐作(TBS政治部記者)

政治部・与党キャップ。2004年入社。映像取材部、外信部、バンコク特派員を経て政治部へ。これまで官邸クラブ、自民党クラブ、野党キャップを担当。特派員時代はアジアを中心に27か国を取材。