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TBS NEWS

2017年5月24日

CIAで異常事態発生 中国スパイの得意技ハニートラップ

[ TBS記者 竹内明 ]

  • CIAの協力者が中国で次々殺害。諜報戦でアメリカは敗北
  • 疑惑のCIA要員はアジアでビジネスをしている
  • 凄腕女スパイの「ハニートラップ」にかかったFBI捜査官

■CIAは中国に敗北していた

 このところ激化していた米中の諜報戦は、中国の勝利といえるのかもしれない。米CIA(中央情報局)が獲得、運用していた協力者が、中国当局によって殺害、投獄されていたことがニューヨークタイムズの報道で分かったのだ。殺害されたのは2010年から2年間に少なくとも12人、拘束されたものを含めると18人から20人に及び、中には警告のために同僚の前で射殺された者もいたという。

 最大の謎は、「中国がどうやってCIAの情報源を特定したのか」である。ここで二つの仮説が浮上する。ひとつがCIAのネットワークシステムのハッキング説、もうひとつはCIA内部に中国のMole(モグラ)つまり、二重スパイがいるという説だ。

 実際、この問題を調査したCIAは、ある要員に照準を絞ったが、この要員はCIAを辞めて国外に出てしまった。現在、アジアの某国で、中国の情報機関関係者がアレンジしたと見られるビジネスをしているという。しかし、元要員が本当に中国の二重スパイだったかどうかの証拠はつかめないままだ。

■中国スパイの手口

 中国の諜報機関が米国政府内にモグラを獲得していた例はいくつもある。中でも、FBI捜査官を篭絡した「現代のマタ・ハリ」の諜報手法は見事と言うほかはない。私は、その「犠牲者」をロサンゼルスで取材したことがある。その男は妻と笑顔で話しながら出てきた。ポロシャツにショートパンツ、片手に黄色いテニスボールを持ったこの男の名はジェームス・J・スミス、FBI捜査官だった人物である。スミスは2003年4月、中国系アメリカ人の女性実業家カトリーナ・レアンに機密資料を渡していたとして、FBIの同僚に逮捕された。私が取材したのは保釈中のことだ。

 スミスはFBIロサンゼルス支局防諜部中国班に所属するベテラン捜査官で、その任務は中国内部の情報を探る協力者を獲得することだった。そこで目をつけたのが、ロサンゼルスに住む、中国系社会の有力者、レアンだった。スミスの接近を受けたレアンは、FBIの協力者になることに同意して、中国マネーが米大統領選挙の裏でどう動いたのかなど、貴重な情報をスミスにもたらした。レアンは中国共産党中枢に深く食い込んでいた。江沢民国家主席が訪米した際の晩餐会では、壇上で江主席に寄り添い、親しさを隠さなかった。レアンがもたらす情報は超一級のものだと判断したFBIは、合計2億円もの報酬をレアンに支払っていた。

 レアンは大きな黒縁眼鏡をかけた49歳の垢抜けない女性だったが、スミスを「ハニートラップ」にかけていた。ハニートラップとは、女スパイが工作対象をベッドに誘い込み、男を篭絡する手法だ。レアンは18年という長い歳月をかけて、肉体関係に持ち込んでいたのだ。二人の親密さに疑いを抱いたFBIはベッドでの一部始終を盗聴して初めてスミスが篭絡されていることを知った。そして中国に旅行するレアンのスーツケースを秘密裏に捜索して、FBIの機密文書を運んでいることを突き止めた。

 レアンとスミスが逮捕されると、米メディアは「現代版のマタ・ハリだ」とセンセーショナルに報じた。マタ・ハリとは、第一次大戦中、美貌と妖艶な踊りを武器に、フランスの機密情報をドイツに流した女スパイのことだ。二人の情報交換の場は、レアンが住む豪邸だった。スミスはレアンから情報を受け取ると、その代わりに捜査資料が入った鞄を置いたままトイレに行き、盗み出す機会を提供していた。こうした阿吽の呼吸で、FBIの機密文書はごっそりと中国に渡っていたのだ。「米国情報機関が中国国家主席の専用機に盗聴器を仕掛けている」という情報も中国側に密告していたといわれている。

■日本のスパイ対策は脆弱

 元FBI捜査官のスミスは、私の取材にこういった。

 「僕は訴追されているからあなたに何も話すことはできない。ただひとつ言えるのは、カウンターエスピオナージ(防諜)は私の仕事だった。私は非常に熱心に自分の仕事をしただけだ。あなたが私にマイクを向けたのと同じようにね」

 中国のスパイに成り下がったことを悪びれる様子もなかった。

 インテリジェンスに関わる要員は、情報源との間で、ぎりぎりの駆け引きを展開しなければならない。ギブ・アンド・テイクもこの世界の作法だ。知らぬうちに相手に取り込まれ、ミイラ取りがミイラになってしまうリスクは常に付きまとっているのだ。

 レアンが18年かけてスミスを篭絡したように、中国諜報機関は気の遠くなるような年月をかけて、工作対象を取り込んでいく。本人すらスパイにされていることに気付かないケースがほとんどだという。

 中国にとって日本も諜報対象国だが、日本警察の防諜体制はあまりに脆弱だ。対中国防諜捜査に専門とする捜査員は100人程度にすぎない。

 「特定秘密保護法ができて満足していてはダメだ。スパイ活動を取り締まる捜査員が少なすぎる。このままでは日本の政府や企業から情報が流出し続けるだけだ」(警察幹部)

 日本政府は、今回、CIAで起きている異常事態をよく分析して、防諜意識を高め、体制を整える必要があるだろう。このままでは日本は「スパイ天国」という汚名を払拭できない。

竹内明

竹内明(TBS記者)

社会部、政治部、NY特派員、ニュースキャスターなどをやってきました。諜報、テロ、外交、政治汚職などが専門分野。ノンフィクションやスパイ小説も書いてます。5冊目執筆中。