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TBS NEWS

2017年5月17日

バイエル薬品の大規模不正を追った9か月

[ TBS社会部記者 西村匡史 ]

  • 「がん」や「認知症」、患者200人分のカルテを無断閲覧
  • 背景に「製薬会社」と「医師」の根深い癒着
  • 「円満に辞められるように」、告発社員に非情な退職勧奨

■記者にもたらされた「告発」

 大手製薬会社「バイエル薬品」の血栓症治療薬「イグザレルト」。昨年1年間の薬価ベースで640億円余りを売り上げた大ヒット商品である。これを新薬として販売する際、「重大な不正が行われた」とする情報が私にもたらされたのは、昨年8月のこと。情報の信憑性を確かめるため、私は早速、九州地方に住む告発者の男性(バイエル薬品の現役社員)と会った。

 男性は不正の当事者だった。イグザレルトの発売直前である2012年2月ごろ、男性はライバル社の血栓症治療薬に関するデータを集めるため、つながりのあった宮崎県内の開業医に依頼し、約200人分のカルテを患者に無断で閲覧したことを明かした。

 男性はカルテを閲覧して集めたデータを、本社が作成したとされるエクセルファイルに入力しリスト化していた。「全例イグザレルト」と題する膨大なファイルを見たとき、私は愕然とした。そこには「がん」、「アルツハイマー型認知症」、「便秘」、「不眠症」など、患者にとっては誰にも知られたくない個人情報がバイエル薬品に漏れていたのだ。

 男性はこうしたカルテの閲覧は、「直属の上司である営業所の2人の所長から指示されたものだ」と証言した。

 一方、カルテを閲覧させた医師は「患者の承諾は得ていた」と回答。しかし、カルテを閲覧された複数の患者は「医師からの説明はなかった」とまるで食い違う証言をした。

 ある患者はこう不安を漏らした。「本人の確認をとらずに製薬会社の人間に見せるのはいかん。もしも悪い方に利用されたらおしまいじゃからね」

■医師を豪華接待

 私たちを驚かせたのはバイエル薬品と医師の癒着だった。バイエル薬品は、カルテを閲覧させた医師を「クラブ」や「料亭」でたびたび接待していた。送迎には、会社が用意したタクシーチケットが使われていたという。告発した男性は医師についてこう説明する。

 「製薬会社と持ちつ持たれつの関係にある先生の一人。接待が大好きな先生で、高級料亭で接待したあとに、クラブに行くことも多かった。これほど自分に良くしてくれる会社の薬を売り出すためだったら、協力しようというのが本音ではないか」

 医師は取材に対しこう答えた。

 「自分から(接待を)要求したことはないし、バイエル薬品からの接待が特に高額だとか、回数が多いということもない」

 接待で築いた関係のもとで得られたカルテのデータは、何に使われていたのか。

 男性の証言によると、男性がこのデータを本社に報告すると、本社はこのデータをもとに医師が医学誌に投稿する論文の元原稿を作成。男性がこの元原稿を医師に見せると、医師は赤い文字でわずか2か所を添削しただけで、医学誌に投稿されたという。つまり、論文を書いたのは医師ではなく、バイエル薬品側だったというのである。

 バイエル薬品は、この論文を根拠に広告を作成し、イグザレルトは年間640億円余りを売り上げる大ヒット商品に成長した。

■告発社員に非情な退職勧奨

 告発者の男性は、我々にこの問題を告発するより前、会社のコンプライアンス室に訴えていた。ところが会社側の対応は予想外のものだった。男性は上司である九州支店長のやりとりを録音していた。

【九州支店長】「法的には問題ないですよ」

【男性】「問題ないわけないじゃないの。カルテ見ていいのかって。それを会社から強要されているんですから。イグザレルトを売るにあたって、一番利用されたデータ。カルテを1枚1枚1人1人つき合わせて。そんなことする会社で働けるわけないじゃないですか」

【九州支店長】「(再就職先を)なんとか一回相談してみようか」

【男性】「クビにするかどうかですか?」

【九州支店長】「円満に辞められるように」

 九州支店長は、カルテの無断閲覧について「法的には問題ない」とした上で、男性に退職を勧めている。具体的に退職一時金の金額まで示し、会社の情報を口外しない条件までつけていた。

【九州支店長】「450万円という金額は退職一時金や。再就職支援、退職支援、もし希望があればな」

【男性】「ないです、ないです」

【九州支店長】「ないの?」

【男性】「ない」

【九州支店長】「会社の業務を通じて知り得た一切の事実や情報を厳に機密保持し、第三者に開示、漏洩、周知しない。違反があった場合には退職一時金、それをもって会社に払い戻す」

【男性】「会社は一切、責任をとらずに僕にだけこうやって押しつける。辞めさせ方の常套手段としか思えないんですよ。僕に(カルテの閲覧を)やらせた人たちはそのまま、結局僕にだけ責任をとらせて、とかげのしっぽきりじゃないですか」

 結局、コンプライアンス室の担当者は「違法性はなく、社内で非公式に処理をするので、処分も行わない」と男性に説明した。このため、男性は「会社に訴えても事態は変わらない」と判断し、去年7月、厚生労働省に告発した。

 バイエル薬品は、内部告発した男性に退職を勧めたことについて「外部の専門家を交えさらなる事実関係を検証している」としている。

 男性は、上司の営業所長とともにカルテを閲覧した際、「やってはいけないことなので、やりたくないです」と言ったことから、所長との関係が悪化。この問題を会社に訴えたころから、精神的に追い込まれて体調を崩し、現在は休職中だ。

 男性は4月末、バイエル薬品が依頼した外部の専門家による検証で、聞き取り調査に応じ、「問題の徹底究明と、カルテの閲覧を指示した会社のトップとして社長から謝罪してほしい」と求めたという。

西村匡史

西村匡史(TBS社会部記者)

1977年生まれ。TBSテレビ報道局記者。警視庁、横浜支局、検察庁、裁判所、NEWS23を担当。著書に「悲しみを抱きしめて 御巣鷹・日航機墜落事故の30年」(講談社+α新書)