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TBS NEWS

2017年4月11日

雪崩8人死亡事故、「登山経験が豊富」の疑わしさ

[ TBS報道局社会部長 武石浩明 ]

  • 引率教員の「登山経験」。その中身が重要だ。
  • あの状況で、現場に雪崩の危険があることは明白だ。
  • 栃木県教委の「高校生の冬山全面禁止を検討」は本質を理解していない。

 栃木県那須町の雪崩で高校生7人と教諭1人が亡くなる事故から2週間が経った。業務上過失致死容疑で栃木県警の捜査が進められているが、高校生を引率した教諭らが、雪崩発生を予見できたかが、捜査の焦点と言われている。

 先月29日に記者会見をした現場責任者の猪瀬修一教諭によると、自分より登山経験が長い先輩格の教諭2人と相談し、事故に遭った場所でのラッセル訓練を「経験則から絶対安全」と判断したという。先輩格の教諭2人のうち、1人は入院中で、もう1人は取材を拒否、いまも口をつぐんだままだ。この教諭らについては、「登山経験が豊富」だとマスコミ各社が当初から伝えてきた。果たして本当だろうか。

 「登山」は実力を測るのが簡単ではない。最近、流行りのスポーツクライミングのように、誰かと対戦するわけでもない。観客もいない。また、季節やルートによって、山を登る実力がどれだけ必要なのかが違う。どの山を、どのルートで、どんな季節に、どんなスタイルで登ったかがわからないと本当の実力は測りにくいのである。

 「登山歴20年」の人がいたとしよう。冬山や岩登りなどのハードな登山を続けてきた人と、ハイキングレベルの登山ばかり続けてきた人も同じ「登山歴20年」だ。登山の中身が重要なのだ。引率教諭の1人は「海外登山歴」があったというが、この「海外登山歴」というのもよく中身を見ないとわからない。例えば、世界最高峰のエベレストを登ったからと言って、登山の実力があるとは限らないのである。ヒマラヤの山を登るには、「ルート工作」「荷上げ」「低酸素」という3つの困難を克服しなくてはならない。しかし、エベレストでは90年代からガイドが主催する商業登山が隆興し、ノーマルルートでは3つの困難を回避することができるのだ。屈強なシェルパらが、危険な箇所にフィックスロープやハシゴを張り巡らせてくれるし、最低限の個人装備以外の荷物は担ぎ上げてくれる。7千メートル以上では、シェルパが荷上げした酸素を吸入できる。酸素を吸えば、体感高度は2千メートル下がるとも言われている。登山のエキスパートでなくても、ときにほとんど登山の経験がない人でも、数百万円の参加費用を支払い、天候に恵まれれば、世界最高峰の頂上に立てる時代なのだ。

 ネパールの首都・カトマンズには40年以上、ヒマラヤ登山を記録・発信し続けているジャーナリストがいる。93歳の元ロイター通信記者、エリザベス・ホーリーさんだ。彼女自身は登山をしないが、確かな山岳の知識を持ち、信頼性が高いことで知られる。彼女は登山を取材するのに際し、フィックスロープ・シェルパ・酸素を使用したかを記録に明記する。補助的手段を使えば、登山の記録的な価値は当然下がるのだ。別に個人の挑戦にケチをつけようという思いはないことはお断りしておく。

 今回の雪崩事故に話を戻そう。引率教諭らの登山経験はどれくらいだったのだろうか。詳細は明らかになっていないが、本格的な冬山の経験はほとんどなかったのではないかと私は考える。雪崩の危険があるかどうかは、十分な冬山の経験か、雪崩講習をしっかり受けていないとわからない。スキー場横の樹林帯の狭間から、上部の木が生えていない雪面に続く急な登路は、降雪直後は雪崩の危険があることが明白だ。冬山を原則禁止されている高校生を“あの場所”に連れていく判断をしたことが、引率教諭の冬山の経験がほとんどないことを証明している。猪瀬教諭が記者会見で語った「全く雪がないとラッセル訓練は面白くもなんともない」という言葉も気にかかる。スキー場の入り口近くには、ラッセル訓練ができて雪崩の危険がない、安全な樹林帯が広がっている。教諭たちの間で、樹林帯では物足りないという考えがあり、わざわざ傾斜のある“あの場所”を選んだのではないか。詳細が判明するのを待ちたい。

 栃木県教育委員会は今回の事故を受けて、高校生の冬山登山を全面禁止にすることを検討しているという。まったく山のことを分かっていない、残念な判断だ。例えば、北アルプスでは、夏山シーズン以外は、天候次第で雪が吹き付ける実質的な「冬山」に一変することがよくあるのだ。どうやって冬山の線を引こうというのか。まさか、夏山にしか登らせないと言い出しはしないか。今回の事故の本質は、引率教諭らの“経験不足”なのではないか。カナダでは2003年に高校生7人が死亡する雪崩事故があり、引率する先生に1週間の安全教育が義務づけられるようになったそうである。日本もそれに倣うべきだ。自然相手の登山は、想定しないことがたびたび起きる。そのときに身を守る知識が必要だ。原則、冬山登山が禁止の高校生に対しても、さらに活動をしばるのだけではなく、冬山も含めた様々な危険への対処方法を教えることこそ重要なのではないか。

武石浩明

武石浩明(TBS報道局社会部長)

TBS報道局社会部長。社会部では警視庁記者クラブ、司法記者クラブキャップ、デスクを担当。「ニュースの森」ディレクター、「Nスタ」「みのもんたの朝ズバッ!」チーフプロデューサーなどの番組を担当。

立教大学山岳部OB、現在、山岳部コーチ。ヒマラヤのチョモロンゾ(7816m)を中国側から初登頂。ナンダコート(6867m)登頂など。