JNNプロジェクト“災害列島日本”

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2018年11月6日放送

豪雨の夜の110番、迫られた事態

 西日本豪雨から6日で4か月。広島では、土砂災害が多発した夜の警察の通信記録が公開されました。救助を求める110番の数は普段の3倍から4倍に上り、警察がすべてに対応できない事態となっていました。

 「矢野東付近で土砂崩れが発生。家が流されている。マル通(通報者)付近住民。指令番号1166、どうぞ」(通信司令室)

 「海田了解」(海田署)

 これは、西日本の広い範囲を豪雨が襲った7月6日夜、広島県警本部と警察署との間で交わされた無線の通信です。

 「ここが信じられない状況でした」(広島県警海田署地域課・養祖正太巡査)

 本部からの指令を受け、現場に駆けつけた養祖正太巡査です。

 「女性が上から流れてきました」

Q.どんな感じで流れてきた?

 「コロコロ、水の流れも強かったので、転がりながら助けてと」(養祖正太巡査)

 あふれた水で濁流と化した道路で、養祖巡査は救助活動にあたりました。

 「ガードレールをつかんで乗り越えて手をさしのべたら、女性もこっちに気づいて、手をつかむことができて引き上げることができた。体が勝手に動く状況、考える余裕がなかった」(広島県警海田署地域課 養祖正太巡査)

 「裏山が崩れて民家1棟に土砂が流れ込み家人の安否不明」(通信指令)

 本部の通信司令室に寄せられる110番通報の数は、この日の午後6時ごろから急激に増えていきました。その多くが土石流や浸水からの救助を求めるものでした。

 「さばききれないし、どういうふうに指令した方がいいのか。自分自身もパニックというか、どうしたらいいんだろうという感覚だった」(広島県警通信指令課副司令官・宮下健一警部)

 広島県内で災害が発生した6日と7日に受理した通報の数はそれぞれ、普段の3倍から4倍にあたる2000件以上。処理能力を完全に超え、ベルが鳴っても受けられない電話もあったといいます。

 「とにかく逃げてくださいという大きな声が(通信司令室の)至る所で聞こえた。どうしようもできないという歯がゆい気持ちと、情けないというか何にもできない力のなさを感じた」(宮下健一警部)

 「行きたくてもいけない状態でもどかしかった」(広島県警海田署地域課長・伊藤鈴香警部)

 警察署でも同じような状況でした。人員態勢が追いつかず、全ての現場に警察官を派遣することはできなかったのです。

 「一つの警察署で、複数の箇所でこれだけの災害が起きることは想定していなかった」(伊藤鈴香警部)

 さらに署で指揮にあたっていた伊藤鈴香警部は、あるジレンマを抱えていました。

 「現場で活動する警察官自身も身の危険にさらされるので、どこまでやらせて、どこでストップかけさせるか、そこが一番頭を悩ませました」(伊藤鈴香警部)

 伊藤警部は、4か月たった今も、無念の思いが消えません。

 「やはり助けを求めている方に助けの手をさしのべることができなかったが、思い返すと一番残念にいまだに想う」(伊藤鈴香警部)

 この警察署の管内では、47人が犠牲となりました。

 「車両2台が川に転落。助けてと声を出している。道路冠水で車内閉じ込め流されそう。管内において多数、土砂災害等発生と思われる」

 救助を求め続けながら、助けが来ることのなかった被災現場が存在した事実。大規模災害のおそれがあるとき、警察や消防に頼る事態に陥る前に、身の安全を確保することの重要性を示しています。