JNNプロジェクト“災害列島日本”

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2017年12月25日放送

豪雨から半年 妻の帰り待ち続ける男性 復興見えぬ集落の現実も

 九州北部豪雨からまもなく半年です。福岡県朝倉市では、被災した集落に残り行方不明の妻の帰りを待ち続ける男性がいる一方、故郷から離れる決断をした住民も多くいます。存続の危機に直面する被災地の「現場から、」です。

Q.先祖に何と報告したんですか?

 「かあちゃんの何かを見つけてくれって」

 福岡県朝倉市の田中耕起さん(54)。あの日からずっと妻の加奈恵さん(63)の帰りを待ち続けています。

 「ハヤシライス食べたいから、早うつくらんかいって。うまいよ。いけてるもん、うちのかあちゃん」(田中耕起さん)

 今年7月、静かな集落を襲った豪雨は濁流となり、加奈恵さんがいた自宅に押し寄せました。仕事で外出していた田中さん。電話での数回のやりとりが最後の会話となりました。

 田中さん夫婦が住んでいた乙石川流域。長さ4キロほどの川に沿って、36世帯98人が暮らしていました。福岡県内の豪雨による犠牲者と行方不明者は合わせて38人に上りますが、このうち、7人は乙石川流域の住民です。

 乙石川の上流に住んでいた梶原恭輔さん(42)です。自宅は土砂に流され全壊。42年間過ごした故郷ですが、戻る気はないといいます。

 「住める状態じゃないし。住めない」(梶原恭輔さん)

 梶原さんは、豪雨の1か月後に朝倉市のアパートに移り住みました。いわゆる、みなし仮設住宅です。生活再建の猶予期間として、2年間は家賃の全額が国から補助されます。

 「土地はあるけど、家を建てられるわけがない。そういう人に『2年間』というのは無理じゃないかと、再建がね」(梶原恭輔さん)

 今月9日に開かれた国や朝倉市などの行政側と被災した住民らとの話し合い。どのように復興を進めていくかを議論する場です。もともと住んでいた場所に戻るのか、それとも離れるのか。重い決断を迫られている住民の苦悩は、強い言葉となって行政側にぶつけられます。

 「見捨てられるんじゃないかなというような気がしました。本当にですね、住んでみてください。怖いですよ」(女性)

 「戻りたい、戻りたいけど今のままでは戻れない、だからどうかして欲しい」(松末地域コミュニティ協議会 伊藤睦人会長)

 国などは、来年3月までに復興計画をまとめる方針です。

 住民それぞれの思いや事情が交錯し、復興が見通せないまま、被災地は豪雨から半年を迎えようとしています。