【現場から、】西日本豪雨災害

【現場から、】2018年7月31日(火)

4キロ歩いて出荷するふりかけ工場

広島県東広島市の片側2車線の県道が崩れた現場には、重機がある上の部分を県道が通っていましたが、そばを流れる川の氾濫で基礎部分ごと崩れ落ちてなくなりました。この県道が寸断され、この先にある集落が孤立状態となりました。道路の少し上の部分には山道があります。起伏があり、崩れた山の斜面を通るおよそ2キロの山道が続いています。その先の孤立集落には、およそ90人が働く食品工場がありました。山道を往復して、人力で出荷を続けた従業員たちの奮闘を取材しました。

猛暑の中、起伏が激しい山道を段ボールを担いで歩く男たち。運んでいるのは、工場から出荷する商品だといいます。

東広島市でふりかけなどを製造する食品メーカー「みなり」。工場の監視カメラは、7月7日、そばを流れる沼田川が氾濫し、工場が浸水する様子を捉えていました。

製造ラインを停止して復旧作業に当たっていますが、被災前に完成していた商品は出荷しなければなりません。しかし、東広島市の下河内を通っているJR山陽線が、その途中で、線路が崩れ落ちてしまいました。その下には、県道33号線が通っていましたが、こちらも崩れ落ちて、今は通行止めとなっています。工場につながる県道が土砂崩れで寸断。一帯は、孤立状態となったのです。

そこで、従業員が、商品の入った箱を一つ一つ担いで運び出すことに。炎天下で歩いて出社するだけでも困難な往復およそ4キロの道のりを、段ボールを担いで、行き来するのです。

「汗をかくので全体的に体力が落ちるのがつらいところ。こういうことになるとは考えもしなかった。今まで経験したことないようなつらい状況だが一個一個がんばっていきたい」(山道で出荷にあたる従業員)

過酷な環境で出荷を続ける一方、商品を製造するために必要な原料などは手作業では搬入が難しいため、生産ラインを再開することはできませんでした。

「出荷も一部にとどまっていますので、かなり痛い状況。道路が復旧しないと、原料、資材入れることができない。(復旧を)待っている状況」(食品メーカー「みなり」石田浩司工場長)

過酷な状況で働き続ける従業員たちには、もう一つ、心配事があります。

「(東広島市で)1名まだ見つかっていない、うちの従業員が流されたよう。奥さんは残念ながら遺体で発見された。奥さんと一緒に出かけていたようです」(石田浩司工場長)

従業員たちは、同僚の行方を案じつつ、孤立した工場から黙々と商品を運び続けていました。

県道の復旧状況ですが、寸断されていた道路が21日にようやく、応急処置がされました。土のうと鉄板で道路を固めて一時的に車両が通れるようにしました。しかし、こちらから工場まで行くには、山道を大きく迂回しなければならず、30日、回ってみたのですが、40分ほどかかりました。市によりますと、こちらの県道の復旧はまだ未定ということです。

3週間以上がたち、孤立状態が半分解消したと言えますが、通常の物流が戻るまでには、まだまだ時間がかかりそうです。(7月31日11:43)

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