【現場から、】西日本豪雨災害

【現場から、】2018年7月30日(月)

医師が証言、避難困難70人の救出劇

今回の豪雨で51人が犠牲となった岡山県倉敷市真備町、町の4分の1が浸水する被害に遭う中、自力で避難するのが難しい70人の患者が、病院から助け出されました。現場で何が起きていたのでしょうか。救助に尽力した医師の証言です。

濁った水に囲まれた建物は、豪雨によって甚大な被害が出た倉敷市真備町にある「まび記念病院」です。必死の救助活動が続いていたこの頃、広島県から駆けつけた医師がいました。

「3名連れてきたので、1回、もしくはピストンで・・・」(NPO「ピースウィンズ・ジャパン」稲葉基高医師)

岡山県出身の稲葉基高医師(39)。災害支援を専門とするNPO法人の一員として、8日午前11時半ごろ、真備町に入りました。まず目に入ってきたのは、非日常的な光景でした。

「真っ茶色の何も中が見えないような水で、何が下にあるか分からないような状況。蒸し暑さと水も十分に持っていなく過酷な環境だった」(稲葉基高医師)

さらに耳を疑うような情報が入ってきます。

「『約300人が一晩、病院で過ごした』と聞いた」(稲葉基高医師)

このうち70人が高齢の入院患者。車いすが必要な人や寝たきりの状態の人、中には透析が必要な腎臓の悪い人もいたといいます。自力で避難するのが難しい患者をどうやって救助するのか?稲葉医師らは、岡山県のDMAT(災害派遣医療チーム)などと連携し、任務にあたりました。

「入院患者なので水がないところまで出せば良いというわけではない。そこから次の入院先の病院に引き取ってもらわないと避難できない」(稲葉基高医師)

稲葉医師は、携帯電話の電波がつながりにくい中、県内の病院と連絡を取り、患者の受け入れ先を選定。

「次、搬送する人の性別わかりますか?」(稲葉基高医師)

本格的な救助作戦が始まりました。

「本当に時間との戦い。真っ暗になると避難ができないだろうなと思った」(稲葉基高医師)

電気が復旧していない病院、消耗していく患者の体力、一刻を争う状況でした。そして、およそ9時間が経った午後8時すぎ、70人全員を無事に助け出すことができたのです。

「なんとか患者を救出できたのは、僕も地元の人間なので、少しでも役に立てて良かった」(稲葉基高医師)

その後、真備町の避難所で医療支援を行う稲葉医師。

「定期的に週末だけでも、避難所を巡回して健康相談にのる活動をしたい」(稲葉基高医師)

避難生活の長期化が懸念されるなか、今後も支援活動を続けていきます。

豪雨の被害から3週間以上が経ちますが、岡山県内では今もおよそ2500人が避難生活を強いられています。稲葉医師によりますと、避難所で生活している方の中には、粉じんや片づけの際に出るほこりによって、目のかゆみや皮膚炎の症状を訴える方が多いということです。

今後も猛暑が続くことが予想され、避難生活の長期化する中で心身の健康悪化が懸念される中、継続的な支援が求められています。(7月30日11:43)

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