【現場から、】西日本豪雨災害

【現場から、】2018年7月27日(金)

肱川が氾濫、奔走した野村町消防団

愛媛県西予市野村町では今月7日、近くを流れる肱川が氾濫し合わせて5人が亡くなるなど、甚大な被害が出ています。川が氾濫した時、住民に防災情報が行き届いていなかったのではないかという指摘もあります。避難指示が出てから上流にある野村ダムが大規模放流を開始するまで、わずか1時間あまりでした。

その中で避難を呼びかけたのが、地元住民が主体的に参加して結成している野村町消防団です。その時、消防団はどのように動いていたのか。豪雨の中、町のために奔走した野村町消防団の姿を取材しました。

「自分も命の危機を感じながらとにかく叫んで『早く逃げるように、早く逃げるように』ということを繰り返し」(二宮淳一部長)

今月7日に発生した豪雨災害。 肱川が氾濫する直前まで被害拡大を防ぐために奔走したのが、地元の消防団でした。町の中心部を活動範囲とする野村町消防団第2部。部長を務める二宮淳一さん(43)です。肱川が氾濫した日は、午前4時ごろから団員を集めて指示を出し、住民への避難の呼びかけを促しました。

「絶対にけがをしないこと、気を付けること、川に近づかないこと。一人一人に説明して送り出した」(二宮淳一部長)

野村町消防団第2部に所属する河野健一さん(44)と和氣巨秀さん(32)は、氾濫直前まで肱川のそばで避難を呼びかけました。

「そこの乙亥会館の周辺、あの辺りを主に声を掛けて回っていた。『急いで声掛けをしないと』と思って、足が(水に)浸かりながら近所を回った」(和氣巨秀さん)

消防団は野村町出身者が大半を占めています。地元に詳しい団員たちは、誰がどこに住んでいるかを記憶しているため、避難が困難な人たちを素早く誘導できたといいます。

「野村という町自体が割と小さな町で誰かが知っているので、あの家に声を掛けたかというのは割と頻繁にみんなが連携して『まだ声を掛けていないからあっち行く』というやりとりはあった」(河野健一さん)

実際に避難を呼びかけられた住民は・・・。
「決壊する5分前くらいに家に来てもらったので、親を起こして『逃げろと言っている』と。逃げた瞬間に横から水が来ていたので、本当に消防団のおかげ」(避難を呼びかけられた住民)
「(Q.やっぱり消防団の方と地域の方って密接につながってるんですか?)消防団の人はよく回ってくれる。地元のつながり」

ただ、それでも野村町内では5人が犠牲になりました。
「うちの部(の活動範囲)でも2人亡くなった。僕が第1発見者だった。もう少し時間があればもう一度(家まで)見に行く時間があったと思う」(二宮淳一部長)

解決すべき課題も浮き彫りになりました。
「(消防団では)火事場を想定した設備は充実しているが、今回のような水害になると機械が足りない。人手だけでは限界がある」(二宮淳一部長)

水害や地震などにも備え、消防団の活動の幅を広げるために行政と一体となった防災設備の充実が求められています。野村町の消防団は、肱川の氾濫前に避難の呼びかけを迅速に行えたとする一方で、その後の土砂や流木の撤去作業に必要な設備や人員が足りなかったと話します。

消防団は地域の住民が主体的に参加して活動しているため、団員もまた、地域とともに今後、復興の道を歩むことになります。だからこそ、避難の呼びかけだけではなく、災害後の復旧作業まで見据えた設備や人員の確保が必要となっています。(7月27日11:37)

Copyright© Tokyo Broadcasting System Television, Inc./ Japan News Network