【現場から、】西日本豪雨災害

【現場から、】2018年7月25日(水)

冠水した町、残された遺族の後悔

今回の豪雨で甚大な被害を受けた岡山県倉敷市真備町で犠牲になった51人のうち、70歳以上の方がおよそ8割を占めています。町の中心部を東西に結ぶ国道は当時、川のようになっていました。ドラッグストアの壁に残された線を見ても、かなり高い位置まで水が来ていたことがわかります。今は水は引き、車は通れるようになっています。

あの日、町で何が起きていたのでしょうか。私たちがこの場所で出会った女性が取材に応じてくれました。

水に浸かった町をボートで戻ってきた男性。待っていた母親に辛い事実を告げます。男性は、祖父母、母親の義理の両親を捜しに行った帰りでした。

「2人ともダメだった」

泣き崩れた女性の両親に、何が起きたのでしょう。

そこは、平屋の一軒家でした。2人の遺体は、この場所で見つかりました。あの時の女性、西原清美さん(54)です。豪雨から10日余り、義理の両親の自宅を片付けていました。両親の写真を見つけました。西原俊信さん(86)と、妻・明子さん(84)。俊信さんは足が不自由なうえ、最近、ほとんど目が見えなくなり、茶道の先生だった明子さんが、生活を支えていたそうです。

「お父さんが病気をして、お母さんが一生懸命、健康に気をつけた料理をしていた」(清美さん)

清美さんの夫、幹夫さん(54)。亡くなった夫婦の実の息子です。7月7日の朝6時ごろ、幹夫さんは雨を心配して、母親の明子さんに電話をかけていました。「水もきていないし、大丈夫」と、明子さんは答えます。

しかし、真備町の一部では、すでに浸水が始まっていました。 そのわずか7時間後、今度は母親の明子さんから電話がかかってきます。

「胸まで水がきている。役場に連絡がつかない、連絡して」

幹夫さんの自宅は40キロ離れていて、すぐに駆けつけられません。消防と警察に急いで救助を求めます。

「要請したので、行ってくれているのではないかという感じでした」(幹夫さん)

とてつもなく広い範囲の浸水。救助は間に合いませんでした。

「平屋だったことを、もっと警察にいっていたら」(清美さん)

そう悔やむ清美さん。実は最初の電話で、母親の明子さんは避難することを嫌がっていたと言います。「お父さんの体が悪いし、避難所で迷惑かけてしまうから・・・」と。

「本当だったら、もっと連絡して避難するように言っておけば、また状況が違った気がする」(清美さん)

明子さんは、俊信さんを抱きかかえるようにして倒れていたそうです。 清美さんはまだ、両親の死を受け入れられません。

亡くなった西原さん夫婦は、80代の2人暮らし。お父さんは足の調子が悪く、「迷惑をかける」と、避難所行くのをためらってしまったそうです。また、2人の自宅は平屋で、逃げ場を失ってしまったのではないかとみられています。高齢者にどう避難を促すかが課題です。(7月25日11:39)

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