【現場から、】西日本豪雨災害

【現場から、】2018年7月19日(木)

93歳女性救助、家族と自衛隊員が語る

豪雨に襲われた今月7日、土砂に埋もれた自宅から27時間ぶりに93歳女性が助け出されました。九死に一生を得た女性の家族と自衛隊員が語りました。

被災地では砂ぼこりが舞う中、19日も復旧作業が続きました。

「めちゃくちゃ暑いですね。しんどいです」(男性)
「うちの親も軽い熱中症になった」(男性)

岡山県倉敷市の最高気温は、今年最も高い36.8度を記録するなど、酷暑が被災地を襲いました。豪雨被害から20日で2週間。

「木が上の方からストーンと落ちてきた。家に当たって、衝撃で家が倒れた」(殿畠義将さん)

「(Q.どんな音がした?)ドドドドド、ドカーンって感じ」(殿畠義将さん)

跡形もなく壊れた家屋の前でこう話すのは、この家に住んでいた殿畠義将さん(47)。広島県東広島市。時刻は6日の午後9時すぎでした。豪雨で裏山が突然崩れ、家屋に土砂が流れ込みました。義将さんと弟、父親、そして93歳の祖母の4人が倒壊した家屋に閉じ込められてしまったのです。

「私はこれくらい(隙間が)あった。(梁の)直撃は免れた。弟は梁に挟まれていて、どんどんくい込んで、痛い、痛いって」(殿畠義将さん)

2階にいた義将さんは、駆けつけた消防隊員によって救助されました。この時点で土砂崩れから既に半日近くが経過。しかし、1階にいたほかの家族を救出することはできませんでした。

「ばあちゃんは声をかけても反応がなかったから、もうだめかなと・・・」(殿畠義将さん)

その頃、消防だけでなく自衛隊にも救助要請が出されていました。しかし、豪雨により現場までの道は寸断されていたのです。

重機や車両が使えない中、救助に向かった自衛隊員は・・・。

「(土砂崩れは)6か所あって、ひどいところでは腰まで泥がつかるような。泥は結構、重たかった。前進できない、なかなか」(田中耕一1等陸尉)

およそ20キロの道のりを12時間かけて、ようやく到着した自衛隊。隊員が撮影した現場の写真。彼らが目にしたのは、家の原形をとどめない殿畠さんの自宅でした。

「救助する家が2階建ての家と聞かされていたが、(見えたのは)屋根だけ。どういうところから入り口があって、助けられる可能性があるのか、情報収集した」(田中耕一1等陸尉)

建物が崩落したことで、取り残された人の体が瓦礫などに圧迫される危険な状態、“クラッシュ症候群”が起きている可能性もあったといいます。

「(クラッシュ症候群を)防止するように声かけとかして、意識を保たせる工夫をしていた」(田中耕一1等陸尉)

声がけを行いながら慎重に瓦礫を取り除いていくと・・・。

「声をかけたら応えていただいたので、絶対助けようという一心で。(見つけた時は)ホッとした。あの時は・・・」(田中耕一1等陸尉)

8日午前0時半すぎ、土砂崩れからおよそ27時間後、3人は無事救出されました。

「(自衛隊は)さすがだなと思った。歩いてくるとは知らなかった」(殿畠義将さん)

被災地には19日までに3万1250人の自衛隊員が動員され、救助・復旧活動に当たっているといいます。(7月19日23:23)

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